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 荒唐無稽だ。そう言って麻木は笑い飛ばしてやりたかった。しかし、今更、
それも出来ず無言のまま、ミーヤの整った顔を見つめる。いや、見つめざるを
得なかった。
「麻木さん。我々の七割には通常、人間は持ち得ないとされる力があります。
それだけでも十分、異常者と言われても、化け物と謗られても仕方ないのかも
知れません。ですが、言わせて貰えるなら、それは精神的な、言わば魂の力で
あって、肉体的には何ら異なるものではなかったし、その一点だけが我々一族
が安心して過ごす根拠で、拠り所でもあった。確かに異なる部分はある。それ
でも基本的には全くの平凡な人間で、地上に住む皆と変わらないと信じていた
んです。お婆様のことも、もちろん不可解ではあるけれど、そう深刻ではない
と言い聞かせて。水城家の人間だけで抱えていれば、それでいい程度のことだ
と信じて来ました。だからこそ、同じお婆様を根元に持つ大久保であっても、
もう一つの家であっても、分家には一切、何も伝えて来なかった。それで十分
な程度の疑問だと考えていたんです。何よりも余計な憂さを与えることはない
だろうと」
「ちょっと待ってくれ。正直、どこをどう考えれば、あんた達の風変わりな力
とか、そのお婆様とやらを大したことじゃないと思えたのか、そこら辺がオレ
にはもう理解出来ないレベルなんだが」
「どうしてですか? だって、当たり前の、風邪をひいたり、怪我をする身体
しか持たないのなら、普通の人間でしょう? そう考えれば、多少の不合理も
どうにか割り切れました。特別な運動神経を持つ人はスポーツ選手になるし、
特別な勘を持つ人は占い師のような職に就く。それだけのことだと。だけど、
さすがに今は皆、揺らいでいる。この力の理由を解明しなくてはならない時に
さしかかっていると思うんです」
「なぜ、今になって? 何のきっかけでそう考えるようになった?」
「有り体に言えば、力の種類が変わって来ているから、です」
「種類?」
「ええ。性質と言うべきかも知れませんが。異能力と言っても別段、攻撃的な
ものではなかったはずです。一般にも勘が良くて、相手の様子を観察して心中
を読み取ることが出来る人、いるでしょう?」
「まぁ、そうだな。誰でも日常、腹の探り合いはしているし、それに長けた奴
もいることはいるな」
「ええ。我が家の能力なんて、その極端な例に過ぎないと言えなくもなかった
はずです。それなのに、ユーマや楓さんの力は異なっていて、いささか直接的
過ぎる。占い師的な、そんなものではなくて」
ユーマ? 聞き覚えのない名だ。
「ああ。未だ会っていませんね。僕の弟になるのかな。双子だから、どっちで
も同じようなものですけど」
ミーヤは薄い笑みで麻木をたじろがせた。笑っているような形なのだが、少し
も幸せそうに見えない笑みだ。確かに楓も無表情だった。しかし、それは単に
感情の表し方を学ぶ機会に恵まれず、おぼつかなかったからだ。だが、ミーヤ
は自分の感情を押し隠して、無理に表情を作る。そうするように自分に課して
いるように見える。そうしなければならない環境にいたのだと思うと、いかに
不憫な子供時代を過ごしてしまったのかが偲ばれた。かわいそうなことに周囲
のために表情を作る癖が付いているのだろう。ミーヤは麻木の心中を見取った
ようだ。
「ほとんど見ず知らずの方に同情頂くほど、不幸でもありませんでしたよ」
ミーヤは柔らかな調子で、だが、きっぱりと言い放つ。
「あなたは特に吉川のことを気になさっている。吉川は評判の悪い人でした。
自分でそう言っていたくらいですからね。でも、僕にとっては良い人だったん
です。僕はあの人に他人が思っているような嫌な思いをさせられたことは全く
ありません。彼だけは何でも僕の思う通りに、望む通りにしてくれた。気持ち
が良かったんですよ、そういうの。彼は僕のそれまでの人生を塗り替えようと
してくれたんですから」
 ミーヤは吉川の話には穏やかな目を見せる。嘘は吐いていない。そう思える
ほど、澄んだ目でミーヤはまっすぐに麻木を見つめ返していた。
「後悔はしていないんだな」
「ええ。僕は普通の十七歳じゃなかったと思うし。ま、あなたに報告すること
でもないか」
ミーヤは自分で納得したように小さく呟き、鞄の中へ手帳や仕事絡みの荷物を
しまい込む。もうここでボンヤリする必要はないようだ。いくらか気の強そう
なミーヤの表情には身体の不調も見て取れない。
「さ、行きましょう、麻木さん」
ミャー。
「もちろん、おまえもね、パピ」
ニコリと笑った顔は鮮やかで、印象的だった。

 

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