back

menu

next

 

「手紙は麻木さんと彼女の茶碗の間に挟んであったはずです。カホさんは麻木
さんが見落とすことがないであろう場所を選んだのに、あなたが先に見付けて
持ち出したんです、麻木さんに見せまいとして」
完全な中継だったのだろう。ミーヤが話し始めるなり、まち子の余裕に満ちて
いた薄ら笑いは消え去った。事実を突き付けられ、言い返す気力も萎えたよう
だ。
「あたしはちょっとだけ、お兄ちゃんの元気そうな顔を見たかった。いつもと
同じようにお兄ちゃんの顔を見たかった。それだけなの。なのにあの日は様子
が違った。おかしかった。早起きのあの女が出て来ない。カーテンを開けない
し、物音もしない。庭先に出て来て、掃除も始めない。どうしたんだろうって
不思議に思いながら見ていた。そこへお兄ちゃんが帰って来て。すぐに血相を
変えてまた飛び出して行った。あたし、ピンと来たの。あの女に何かあったん
だって。ううん。直感した。あの女が死んだんだって。お兄ちゃんの慌てよう
は普通じゃなかったもの。罰が当たったんだ。あたしからお兄ちゃんを奪った
から、それで早死にしたんだよ、あの女」
まち子の独りよがりの独白は止まらなかった。
「だから、あの女の死に顔を見たくて中に入った。そうしたら、やっぱりあの
女は死んでいて、あたしは嬉しくて、急いで家中を点検した。だって、すぐに
あたし達の家になるんだから、具合を見ておかなくちゃならないでしょ。その
時に見付けたの、お兄ちゃんとあの女のお茶碗を」
まち子は目を潤ませた。
「本当だったら、そこにはお兄ちゃんとあたしのお茶碗が二つ並んでいるはず
だったのに。悔しかったけど、そこに置かれた手紙に気付いて、あたしは良い
気分になった。最後になっちゃったけど、やっとあの女に仕返ししてやれる。
罰を当ててやれると思うと嬉しかった。だから、記念に貰って帰ったんだよ。
お兄ちゃんに渡さないために。ああ、せっかくあの女が死んだっていうのに、
どうしてあたしは結婚なんてしてしまっていたんだろう。もう一年か、そこら
待っていれば良かっただけなのに。あの男が心底、邪魔で邪魔で毎日、今日、
死んでくれたらいいのにって思ったわ」
「思っただけじゃないでしょう」
ミーヤは静かな顔でそう言った。
「御主人がそこの階段の所で待っていますよ。あなたが白状するのを、ずっと
待っている」
まち子は目を見開くことしか出来なかった。
「あんたは誰なの? 死神なの? あたしを不幸にするためにやって来たの?
死神だから楓と同じ顔、しているの? そうよ。あいつは死神だわ。だって、
あたしを不幸にする。母子であたしの人生を台無しにした。本物のろくでなし
だよ」
「まち子さん、僕が欲しいのはあの手紙だけです。出して下さい」
「そんな物、有りはしない。あたしだって、どこにやったか、わからない物が
一体、どこにあるって言うの? あんたは嘘吐きよ。きっと、どこかで誰かが
見ていて、それをあんたに吹き込んだに違いないわ」
「本当に反省しない人ですね、あなたは。二人も殺しておいて、自分だけ幸せ
になりたいなんて。アゲハさん、手紙は上にあります。持って来て下さい」
ミーヤは当たり前にそう言ったが、返事があるわけではなかった。一体、誰に
向けて頼んだものか、麻木にはわからなかった。それに。二人も殺しておいて
とはどういう意味だろう。まさか、まち子は二人もの人間を殺したのだろうか
___誰と誰を、だ?
「彼女は父親を境内から突き落として死なせていますね。御主人はそこの階段
で。よほど転落死がお気に召したらしい」
ミーヤは薄い笑みを見せる。彼には見えている。そして麻木にはそれが妄想と
思えない。あまりにも強く実力を見せ付けられ、もう疑えなかったのだ。
「人が転がりながら落ちて行く様を眺めている間が彼女の至福の時だったそう
ですよ。良かったですね、麻木さん。この人と結婚しないで済んで」
「ああ」
麻木は頷く。それをまち子は聞き逃さなかった。
「あの女と会わなければ、お兄ちゃんはあたしと結婚していたわ」

 

back

menu

next