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「何を言い出すんだ? そんなの、おまえの一方的な、勝手な勘違いじゃない か? オレはおまえみたいな手前勝手で思い込みの激しい馬鹿は嫌いだった。 ずっと鬱陶しくてならなかったんだ、ずっとな」 麻木は正直にそう言った。ずっと探し求めていたカホからの手紙。それをこの 女は握り潰していたのだ。そんな女にもう遠慮などしたくもなかった。カホが 何かを残していてくれた。やはり、カホには麻木に言い残したことがあった。 そこに麻木が期待しているようなことは書かれていないのかも知れない。それ でも自分の目で確かめることが出来れば、納得は出来るのではないか。カホは 急死したのだ。つらつらと考えながら手紙を書くような猶予はなかった。それ でも夫に何かを残そうとしてくれた。そう思うことが出来れば、もう疑心暗鬼 に囚われてカホを、そして自分自身を疑わずに済むはずだ。やっと妻の思いを 知ることが出来るのだ。 「はい」 麻木は我に返った。目前のミーヤは笑っている。彼が麻木の前に差し出して いるのは確かに古びた、昔は白かったであろう封筒だった。しかし、ミーヤは 一体、どこからそれを持って来たのだろう。彼はずっと麻木の傍に立っていた し、身動きもしなかった。 「どこから?」 「二階ですよ。ここの二階、彼女の住まいでしょ? アゲハさんが捜して来て くれたんです」 ミーヤはあらましを教えてくれたらしいが、麻木には何ら理解出来ない話だ。 周囲にはミーヤと項垂れたまち子以外に人影はなかった。 「アゲハさんとやらはどこに? どこに向けて礼を言えばいいのか、オレには わからんのだが」 ミーヤは苦笑いした。 「ここにいますよ。アゲハさんは祖母の妹で大叔母なんです、こう見えても」 紹介されているようだが、麻木には実際、何も見えず、挨拶をする真似をする ことも出来ない。麻木がまごつき、うろたえてもミーヤは気にしなかった。 「では、退散しましょう。こんな所、長居しても仕方ない」 ミーヤは荘六の入り口でふと、足を止め、アゲハに声を掛けた。 「そんなことして楽しい?」 麻木は風もないのに不可解な動き方をする暖簾に目を引かれる。誰かが暖簾の 端を引っ張っているとしか思えない動き。ぐい、ぐいと暖簾は引っ張られる。 明らかに形の見えない誰かが面白半分に生地を引っ張っている。 「幾つくらいの人なんだね?」 「亡くなった時は二十一、かな。生まれつき病弱だったとかで、ろくに屋敷を 出ないまま亡くなったらしくて、何を見ても興味深いみたい」 ミーヤはアゲハの子供じみた悪戯を微笑ましいと感じているらしい。こんな力 の持ち主が大丈夫と太鼓判を押すのだ。本当に楓は無事でいられるのではない か、どこにいても、誰といても。 「麻木さん、猫にライオンの救助なんか出来ませんよ」 ミーヤは冗談めかした言葉で麻木に答えたようだった。 ・・・ 楓の住むマンション。麻木は初めて、その裏手へ回っている。ミーヤの銀色 の大きな車は地下二階の専用駐車場へと吸い込まれていた。彼の運転手は麻木 より年上に見えるくらいの年嵩の、地味な、頼り甲斐もなさそうな男だった。 こんな老齢の男で非常時、間に合うのだろうか。麻木の心配を気取っているで あろうミーヤはそれには触れて来なかった。帰路、彼は手帳の中身を確認する 作業に追われていた。チラと見えただけだが、そのスケジュールのハードさは 間違いない。麻木の相手などしていられない主人に成り代わり、パピが麻木の 相手を努めてくれていた。彼女は主人と一緒で満ち足りているらしく、麻木に もたれ掛かり、時々、喉を鳴らしたり、麻木に足先を押しつけたりして猫なり に暇を潰しているようだった。車が定位置に停められると、ミーヤは運転手に 声を掛けた。 「お疲れさまでした。今日はもういいですよ。明日は島崎が来てくれますから あなたは休んでくれて結構です」 「はい。承知致しました。失礼致します」 「おやすみなさい」 「おやすみなさいませ、水城様」 冴えない運転手はミーヤと麻木にも深々と頭を下げて、車を降りて行った。 自宅であるマンションに到着はしたが、ミーヤには降りるつもりはないよう だ。彼は受話器を取り上げた。 「御無沙汰しております。ええ。病院に搬送しましたので、すぐにそちらから 連絡があると思います。後遺症の程度については未だ、何とも言えない状態と 黒永は申しておりました。ええ。最善を尽くします」 ミーヤは窓の外を一瞥し、次いで自分の左手を見た。 |