特段の表情こそ見て取れないものの、どこか物憂げな目をしていると麻木は 思った。 「犯人のことですが。出来れば、こちらにお任せ頂けませんか? ええ、警察 沙汰にしても大久保の名が出るだけですし。こういう事件では往々にして被害 者の方が傷付けられるものですし。ええ」 麻木はミーヤの言っていることがおぼろげながら見えて来た。大沢が小鷺製薬 から受け取った薬を使って誘拐した子供の家族と会話しているのではないか。 確か。懸命にミーヤに連絡をつけようとしていた親族がいたはずだ。 ___大久保の、長女とやらか。 「もちろん、そちらにも納得して頂ける形で報復します。ええ、もし、後遺症 が残るようなら、御本人の意見を聞いて追加もします。それでよろしいですか ?」 電話の相手、大久保家の誰かは納得したようだ。ミーヤは頷いた。 「それと。ええ。申し訳ありません。もうしばらく、このままお預け頂けると ありがたいのですが。ありがとうございます。そうですね。今しばらくは無理 かと」 ミーヤは電話の相手に懇切丁寧に詫びていた。電話越しの声は中年と思しき女 のものだった。大久保の長女だとして。話の前半は彼女の誘拐されて行方不明 となっていた子供のことであり、その犯人である大沢の処遇を協議していたの だろう。ならば、後半は一体、何を話していたのか。 電話を終えたミーヤは暗い顔で麻木に表情を読まれまいとするように車外へ 視線を向けていた。麻木にはその横顔が辛そうに見えた。容貌は楓に似ている が、楓とは余りに違って見える。楓の他人を必要としていないかのようなあの 無表情とは種類が違うようだった。実際、麻木はずっと楓の穏やかさの真意が わからなかった。あれが人間性の欠如によるものなのか、それとも他に何らか の理由があってのものなのか、それすらわからなかった。無口な麻木が育てた ために、楓は自分の感情を表現することが得意でなかった。それは事実だが、 それだけでもなく、楓には他人を求めていないような態も見受けられた。それ だからこそ、あんな無表情で他人を拒むことも出来たように思うのだ。だが、 ミーヤはそれとは雰囲気が異なった。 彼はもっと柔らかく、傷付き易いもので出来ているような気がする。楓には 孤高であっても構わない覚悟があったようだし、傷付いてもまた、樹木のよう に自分の力で回復し、何度でも再生しながら生きて行けそうな気配があった。 だが、ミーヤはそんなふうに感じない。柔らかな石のように体中に傷を残した まま、やがて砕けてしまいそうな脆さを感じさせるのだ。 駐車場の暗がりの中、停められたままの車。ミーヤは用事が終わっても尚、 暗がりに潜むように座席に座り続けている。パピはそんな様子を気にするふう もなく、麻木相手に暇を潰していた。ならば、ミーヤには珍しくないことなの だろう。急いてはいけないことらしい。そう踏んだ麻木が沈黙を守っていると やがて、ミーヤはため息を洩らした。やり切れないとでも言うような、寂しい 息だ。 「上は随分、賑やかだな。あんな所、行きたくないのに」 弱音だったようだ。ミーヤは左手をさすりながら、もう一度、息を吐く。 「そんなに嫌なら、他に行けばいい。他にも住まいはあるんだろう」 「ここを逃げても、そこに来るだけでしょ」 「誰が来ているんだ?」 「土田」 土田。 麻木にはあの痩せた男の正体がわからなかった。いつも楓の身近に息を潜め、 あたかも楓の影の一部分であるかのように張り付いていた男。彼がミーヤとも 接点を持つことに一体、どんな意味があるのか。いっそミーヤが放った、楓の 見張り役のようなものなのだろうか。麻木はミーヤの周辺にいる人間達に悪い 感情は抱いていなかった。真夜気も島崎も楓にとっては親族なためか、親しむ ことが出来た。小岩井達も当たり前の人間同士として付き合うことが出来ると 思う。しかし、土田相手にそんな温かなものを感じたことはない。彼は小岩井 とは違う。ファミリーと化しているミーヤ近くの人間達。その輪の中に土田は 溶け込めそうになかった。彼一人にだけ血の温もりを感じないのだ。 「あれは一体、どういった役割の存在なんだ?」 「土田は、彼は昔、カホさんのお宅の世話をしていた夫婦の息子です」 「カホの?」 |