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「おまえも老いて、いつかは叔父さんみたいな、あんなおぞましい姿になるの かと思うとゾッとする。殺すにはあまりにも惜しい。でも、今が潮時なんだ。 綺麗なまま、死ぬのがおまえの幸せなんだ。だって、おまえは特別、綺麗な姿 で生まれて来たんだから。そうだよな。おまえはやっぱり、叔父さんの本当の 子供じゃないんだろうな。まち子が言うんだよ。あの人は絶対に入籍前に子供 を作るなんて真似、出来っこないって。それもそうかと思うけど、ま、今更、 どうでもいい話だよな。あの日、おまえの髪に白髪を見つけた時、踏ん切りが 付いたんだ。今しかないって。正直、ずっと、ずっと迷っていたんだ」 廉は閉じたままの楓の瞼に触れてみる。丸い、球体が隠されて盛り上がった 皮膚の感触が指に心地良い。睫毛を指先で弄びながら、廉は嬉しさのあまり、 こみ上げて来る笑いを必死になって堪えた。 「もう、おまえに遠慮する必要はないんだな。そう思っただけで正直、身体中 が総毛立って、やんわりした吐き気さえするほど興奮して来たよ」 長い下積みに耐え、ようやく主役を掴んだ劇団員はこんな高揚を覚えるのでは ないか。そんな想像をするほど、廉は沸き上がっていた。目の上のたんこぶで ある先の主役は事故死した。それを目の前で見ていた控えの役者のような気分 だ。廉はそんな妄想に酔い痴れる。 「ああ、オレはずっと張り裂けてしまいそうだったんだ。まるで。そうだな。 右翼と左翼が身体半分ずつで合わさって、オレと言う一人の人間が出来ている ような、そんな感じだ。右と左とに引き裂かれてしまいそうだった。おまえが 憎くて憎くて仕方ないのに、もう一方では可愛くて可愛くて、愛しくて苦しい くらいなんだ。だって、おまえは子供の時からスターだった」 廉は満面に笑みを浮かべ、楓の頭を撫でた。 「親父もお袋も、おまえにメロメロだった。当然さ。だって、おまえの可愛さ と来たら、もう人間離れしたレベルだった。そんじょそこらの子役とはレベル が違っていた。あれは犬とか猫の子供の愛くるしさだよ。食べちまいたいって 思うくらい、可愛くて。オレだって、ずっとそう思っていたよ。おまえはオレ みたいに無理に無理を重ねなくても、生まれつき利口で、誰からも愛されて。 それが当然って顔して生きていた。オレだって仕方ないって納得もしていた。 だけど。まさか、あんなあっさり、歌手になるなんて思いもしなかった」 廉は笑みを消し、息を吐いた。 「いくら考えても、おまえが歌手になりたいなんて言ったことはなかったし、 そんな素振りすら見せなかった。それなのに。せめて、挫折して欲しかったん だ。失敗してオレと同じ辛い、惨めな思いをして欲しかった。短期間でいい、 オレと同じに苦しんで欲しかった。だけど、おまえには美貌と実力があって、 たぶん、運もあって、デビューして、その上、売れてしまった。大ヒット連発 だ。本当、おまえはパーフェクトだ。嫌味なくらいに」 廉は楓の唇をなぞってみるが、指先にその生命力は伝わって来なかった。抜け 殻のような身体。長く水に浸けられているためか、既に水と同じ温度しかない ようだった。 「そのおまえが今はオレの物だ。まさに物だよな。自分の意志なんかないんだ から。楽しみだよ。おまえが腐り始める、その時を待つのは。どこから腐って 来るのかな。おまえの脈が止まったらこの服、脱がしてやるよ。そうすれば、 見落とすことがない。ああ、ドキドキするな。この心臓の高鳴りをおまえにも 聞かせてやりたいよ。今までの快感とは深さが違う。溺れて死ぬ様を見るのも いいが、おまえくらい綺麗な奴が腐り始めるのを待つのはもっと良い。おまえ が悪臭の原因になるなんて、たまらないね」 廉は酸素を取り込むべく、わざわざ大きく息を吐く。極度の興奮から、いっそ 自らが酸欠になり、溺死同然の苦しみを感じ始めそうだった。空気を吸い込む 作業すら、うっかり忘れてしまいそうだ。 「腐った肉なんて見たこと、ないよな。それも水の中でとなると一体、どんな ことになるんだろう。誰も嗅いだことのないような悪臭だろうな。もしかして 嗅いでいられなくなったら困るから、カメラと一緒に三脚も買って来たんだ。 こうやって設置しておけば、完全保存版になるぞ、楓」 廉は自分で何度もレンズを覗いて、最善と思われる位置にカメラを備えた。 カメラ三台でなら隈無く腐敗の様子を撮影出来るだろう。照明を灯して、廉は 嬉しさのあまり叫び出しそうになった。 「こいつは本当、凄いことになるぞ、楓。史上最高の傑作だよ。何しろ、美貌 で成らした有名歌手が腐り落ちる様子を完全録画するんだからな。実写だぞ。 オレが死んだら公開してもいいな。全世界で放送されるぞ。いや、裏で高値で 売られるのかな」 |