「廉ちゃんって、意外とうちのお父さんに考え方とか似ているよね。科学的に 実証出来ないことは全て、嘘だって信じているんだよね。あ、は、は」 楓は笑った。 「でも、お父さんの方は最近、すっかりおかしな一族に慣れちゃってね。もう 昔ほど、嘘ばかりだとは思っていないし、嫌だとも感じていないらしい。僕の ためなら自分の常識だって、流儀だって曲げてくれるらしいよ」 「馬鹿馬鹿しい。何の話をしているんだか。まさか、本当にそんな力があると でも? 馬鹿げている。おまえがずば抜けて利口なのは事実だが、他人の心を 読めるはずはない。人間にそんなことは出来ない。いくら利口でもな。今のは そう、偶然だ」 「そうかな。君が環さんの後を追って、彼女のアパートで絞め殺したことも、 郊外の大型店で彼女を沈めるための道具を買って準備したことも知っている。 青いシートと白いビニール紐だったよね。どこに沈めたのかも知っているし。 まぁ、彼女を引き上げてあげたのはミーヤとユーマだけれど。あとは何を聞き たい?」 「当てずっぽうだ。そんなに言うなら。だったら。昔のことも覚えていると? 」 廉は自分の声の震えを止めたかった。自分が極端に緊張し、怯えていること だけでも隠したかった。しかし、それを眺めて楽しんでいるかのように、楓は 余裕綽々だった。 「昔? 君が僕を用水路に突き落とした、あれのこと?」 「まさか。ずっと覚えていて、知らんぷりをしていたのか?」 楓は確かに自分を見ている。こちらを見ているのだが、それにも拘らず、自分 の更に向こうを見ているような気がする。つまり、どうでもいいと思っている ような、ぞんざいな目で楓は廉を見ていた。彼は廉を殺す気だ。だが、そんな 殺意さえ、彼にとってはどうでもいい次元の案件なのではないか。そんな気が した。 「殺す気なんか、ないよ、廉ちゃん」 楓は優しそうな笑みを浮かべたまま、そう言った。 濡れた深い栗色の髪を後ろへ撫でつけてしまうと、整った顔が露わとなり、 その目が一層、強く光って見える。 「僕がどうして溺死しないで済んだのか、考えておいで。答えが出た頃、また 会えるといいな。だって、あの日、君、鬼ごっこしようねって、僕の手を引っ 張って出掛けたんだよ。あんなどしゃ降りの中、何が鬼ごっこだって、思った けど、君は無理に引っ張って行ったんだ。これはあの続きだよ。従兄弟だった よしみにヒントをあげよう。水の流れと時の流れは似ている、それだけかな。 僕を捜すのは大変だと思うけど。伯父さんと伯母さんは大切にするから、気に しないで。ああ、どうせ、君は心配しないか。じゃあね、親不孝者」 笑顔のまま、楓は一歩退き、浴室のドアを閉めた。カチャンと聞き慣れた音が する。閉じ込めて、どうしようというのだろう? 廉は慌ててドアへ駆け寄り、ノブを捻る。閉じ込められるだけだとしても、 場所がいただけない。こんな誰にも告げていない秘密の山荘に閉じ込められて は、餓死の可能性も否めなかった。御託を並べておきながら子供じみたやり口 だ。そう毒づきながら廉は異変に気付いた。滴り続けている水が一向に尽きる 様子を見せないのだ。もしも。天井にシャワーでたっぷりと水を掛けたとして 一体、どれくらいの時間、水は滴り続けるものなのだろう? どの道、さほど 長い時間ではないし、当然、水量は減って行く。だが、そんな常識に従わず、 水はむしろ、量を増して来ている。排水溝では間に合わないのか、次第に廉の 足にまとわりつき、渦を作りながら溜まり始めていた。 廉は唾を飲み込んだ。落ち着け。オレなら必ず、対処出来る。必ず出来る。 自分を言い包め、覚悟を決めて天井を見やった。どこかにホースが、仕掛けが 隠されているはずだ。そう疑い、あらゆる方向に視線を動かしてみたが、木目 しか見えない。仕掛けらしいものはない。それにも関わらず、水は天井中から こぼれ落ちて来た。破れた樋から溢れ落ちるように水は勢い良く、床めがけて 落ちて来る。これ以上、詮索している間などなかった。仕組みは理解出来ない が、意図ははっきりとしている。楓の方こそ、廉を溺死させる気だ。 「楓、楓。ここを開けてくれ。殺さないと言ったじゃないか。鬼ごっこしよう って君、そう言っただろう? ここから出してくれ。何でもするから早く」 水は目に見えて嵩を増して、見る間に廉の膝を越えて来た。太股に這い上がる スピードは想像以上で、更に加速し、腹にまで登って来る。最早、一刻の猶予 もなかった。 「楓。聞いてくれ、楓。オレが何をしたって言うんだ? おまえが可愛くて、 でも、おまえばかりがチヤホヤされて悔しかった。腹が立ったから、用水路に 突き落とした。それだけのことで、殺したわけじゃない。もういいだろう? それに」 |