だが、土田の興奮はその程度の驚きでは打ち消されなかった。 「あんた、楓様をどこにやった? 父親までたぶらかして。そうやって水城の 財産を独り占めしようって腹だな。いいか、あんたが何を企んだって、大旦那 様が選んだ後継者は楓様なんだ。あんたみたいな薄汚い野郎じゃない。自分が やって来たことを考えてもみろ、生きている資格もないくせに」 麻木は自分の顔色が変わるのを自覚した。足元でパピがやれと促すように低い 唸り声を上げる。彼女もこの痩せた小男をぶん殴ってやりたいのだ。 「売春婦と変わらないことをして築いた金がうなるほどあるんだろ。それでも まだ金が欲しいのか?」 麻木が踏み出そうとしたのにいち早く気付いたミーヤが片手を上げて、麻木 の動きを制した。彼は表情には何の変化も見せなかった。本当にそう言われる 屈辱に慣れているのではないかと疑うほどに。 「土田さん、あなたの出る幕なんて、ないと思いますよ。それより、あなたが 昔、小松時計店から持ち出した品を返して下さいませんか」 麻木は驚いて、ミーヤを見た。いくら何でも、その能力が全くの他人の過去に まで及ぶものとは思ってもいなかったし、あの事件と土田が結び付くなどとは 到底、思い至らなかった。だが、ミーヤは間違いを言わない。ならば、土田は 確かに昔、時計店から何かを持ち出したのだ。そしてそれが単なる泥棒行為を 指していないことを麻木は直感していた。土田は即答はしなかった。硬い表情 のまま、たっぷりと時間を取り、その上でおもむろに口を開いた。 「何を言っているんだか」 「とぼけても無駄ですよ。今度のことも、あなたが小鷺と九鬼をそそのかした 結果でしょう。先ずは九鬼から、次に小鷺をそそのかしましたよね。被害者を リストアップしたのもあなただ」 「小鷺から聞いたのか? 九鬼か。ま、どっちでもいいさ。ふん。それがどう した? あんなゴミみたいな奴ら、死んでくれたら親だって嬉しかろう。オレ は楓様に水城家に入る気になって欲しかった。それだけだ。あんな大した財産 が丸ごと自分の物になるのに、変わり者の楓様は興味がないと来た。おまえの 義兄なのに金に興味がないなんて、愚かだよ」 ミーヤは土田の高揚に左右されることなく、相変わらず冷静に、静かに土田を 見つめ、その内、諦めたように息を吐く。それからミーヤは立ち上がった。 「玲子さんに首謀者には報復するように頼まれましたからね」 仕方なさそうにそう呟くと、ミーヤは麻木を見やった。 「一番苦しい死に方って、どんなものでしょう?」 麻木はミーヤがなぜ、そんなことを聞くのか、わからなかった。だが、麻木と て、土田を放置したくはなかった。彼は一連の殺人事件の首謀者だ。その上、 昔、孤独な時計店主、小松を殺した男でもあるのなら、あの娘、田岡の母親の ためにせめて今、何かをしてやりたい。無罪放免だけは我慢ならなかった。 麻木は土田の陰気な顔を見下ろした。当時、この男はどこにいたのだろう。 麻木と同年代の男。あの時、捜査線上に浮かぶことのなかった青年だ。麻木は 耳の奥に再び、夥しい時計の刻む音を聞いていた。時計達が奏でる主を失った 恨みがましいあの音を。 「何のために、あの時計店に押し入ったんだ?」 麻木の問いに土田は鼻先で笑って返した。 「オレが欲しい時計をよこさなかったからだ。素直に渡せばいいものを」 「時計一つのために殺したと言うのか?」 「渡せばいいものを渡さなかったんだ」 土田は当然と言う顔で麻木を睨んだ。彼にはそれが正論なのだ。憤りのあまり 頭が痺れそうな麻木の横でミーヤは冷えた目で土田を見据えて、言った。 「渡したとしても、殺したでしょう。楓さんと付き合っていた女性を二人共、 殺したように」 土田はせせら笑った。 「どこで調べた? 何でもわかる占い師っていうのは結局、何でも調べられる 情報網を持っているってってだけのことだろう。勿体つけたって所詮、興信所 の親玉みたいなもんじゃないか。ゆすりたかりの極みみたいな占いでしこたま あぶく銭を貯めこんだ手合いが偉そうに何を言うんだ? オレは時計が一つ、 欲しかった。それを渡せば、別に殺しはしなかった。必要ないことだからな。 楓様の恋人気どりの女を二人、始末したのは後々、面倒になるからだ。頭数が 増えれば、分け前が減る。そんなこと、拝金主義のおまえの方がよほど具体的 にわかっているだろうに」 |