ミーヤは土田の喚き立てる内容には関心がないのか、静かに見下ろしていた が、ふいに首を捻り、麻木に尋ねた。 「窒息って、どうでしょうね」 自分に向けられたミーヤの真顔が麻木にはこの世のものに見えなかった。ほの 暗い室内に微かに漂う光の全てをミーヤの髪は吸い集めているかの如く、照り 映える。美しい髪。それは魔力を秘めている。楓の傷んだ脆い髪とは全く違う 生命の結晶であり、持ち主であるミーヤ自身よりも強く自己主張して見えた。 穏やかで優しい主の気性とはまるで違う性格を持っているように見えるのだ。 真夜気が心から慕う優しいミーヤと髪の生命は異なっているようにさえ見えて ならなかった。 「何を言っているんだ?」 土田は疑わしいものを見るようにミーヤを見た。それも当然だろう。ミーヤは 唐突に奇妙なことを言い出した。どうやら玲子との約束を果たす算段を考えて いるようだが、それと窒息という言葉は俄かには結び付かなかった。ミーヤは 土田を連続殺人犯達の内の誰かを真似て、何かに水を張った中に押し込めて、 溺死させるつもりなのだろうか。 ___それは窒息とは言わないか。 そのミーヤは土田の一メートル前で立ち、動こうとはしなかった。ただ土田の 目を見据えただけだ。 「もういい」 そう言った。彼の用事は済んだらしい。しかし、土田本人はもちろん、麻木も 納得出来なかった。ミーヤは一体、何をしたのだろう。彼が以前、小鷺に窓の 前に進むよう命じた時、少なくともそう声を掛けた。声が小鷺を操った。その 様子から催眠術のようなものと麻木は推察していたのだが、今回はそれらしい セリフすら吐かなかった。ミーヤは土田の目を覗いただけなのだ。あの眼底に 銀色の光を閉じ込めたような目で。 「島崎さん。ここはいいから、ユーマを見ていて。達さんだけじゃ心許ない。 ユーマが暴走するようなら、無理に止めようなんてしなくていい。島崎さんが 大ケガしたんじゃ、困るから」 「わかった。ここは麻木さんにお願いしていいか?」 「アゲハさんがいるから、大丈夫。麻木さんに迷惑は掛けない。実際、大沢が 来た時も、アゲハさんが教えてくれたから大事にならずに済んだし。それに。 当分、誰も来ないよ。九鬼さんはあれで小心な人だし、マオちゃんも僕のこと なんか、忘れている。それどころじゃない頃でしょ」 壁際に置物の一つのように控えていた島崎だったが、彼にはミーヤに意見する 立場がないのか、ミーヤの主張が正しいのか、すんなり承知した。 「わかった。それじゃ、麻木さん。失礼します」 島崎は自分の用事を果たすために出て行き、ミーヤはソファーに埋もれるよう に横たわる。備えられていたクリーム色の毛布をさっと広げて、そこで眠って しまうつもりなのだろう。彼はとうに土田の存在も、麻木がいることも忘れて いるようだ。取り残された形の土田は大声を張り上げた。 「おい。楓様をどうするんだ? 見殺しにするつもりか? 人でなしめ」 毒づく土田にミーヤは邪魔そうな目を向ける。彼は眠そうだった。 「馬鹿な。あんなのに殺されるはずがない。大体、好き好んで、わざわざ呼び 出されて行ったのに。それに一応、間接的にだけれど、掛けておいた。あの人 には直接、楓さんを傷付けるようなことは出来ないから、それで十分でしょう ? わかったら、さっさと下がって。眠いから」 ミーヤはじっと立ったままの麻木に気付いた。 「ああ。麻木さん、隣の部屋に姉がいますから、そちらで休んでいたらいい。 楓さんも気が済んだら、戻って来ると思うから」 「ふざけていないで、オレの質問に」 土田の怒声はそこで不意に断ち切られた。麻木にはその理由がわからず、土田 の顔を覗き込む。 ___何だ? おかしかった。彼は目を見開いていた。痩せた顔いっぱいに見慣れない表情が 広がっている。口を縦に開け、顔を上へ動かした。顔。それも違うと気付く。 鼻だ。土田は鼻を天井に向けようとしているのだ。口を開いたまま、しきりに 躍起になって。 「おい、何の真似だ?」 まるで水面でもたつく金魚だ。そう思い付き、麻木は息を呑んだ。窒息。麻木 は反射的にミーヤを見た。彼はソファーの肘掛けにもたれて、もう眠っている ようだった。 ___催眠術なんて、嘘臭いレベルじゃないんだ。 呼吸を止められて苦しくなったのだろう、土田は手近な所にある麻木の肘を 掴んだ。助けてくれと言っているのはわかる。しかし、麻木に手の施しようは なかった。 |