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 こんなことを言えば、真面目なあなたは私を卑劣な女と思うかも知れない。
軽蔑するかも知れない。だけれど、当時の私はどうしても彼の、祐一の子供が
欲しかった。何が何でも欲しかった。それなのに不思議なくらい、結婚したい
とは思いませんでした。あなたに会うまで自分一人で育てられるものと考えて
いたし、そうしたかったのです。その頃は自分がこんなに早く死ぬという予感
はなかったから。
 自分でも理解出来ないことですが、私は祐一が好きなのに、彼に楓の父親に
なって欲しいとは思いませんでした。愛している。そのつもりなのに、一度も
信用出来なかった。どうしても信じられなかった。信じるに足りないお人好し
なだけの男に見えたし、彼には肝腎なものがないような気さえしました。私の
言葉を鵜呑みにし、疑うことなく、それじゃ、幸せになってと立ち去った男。
情け無いほど無垢で、哀れなほど人の良いそんな男に私が唯一、この世に残す
一人きりの子供を託せなかったのはもしかしたら、女の本能がそうさせたこと
なのかも知れません。
 譲さん、彼に関しては何の心配もありません。彼は楓の存在すら知らない。
知らずに生き、知らぬまま死ぬでしょう。彼の兄弟は変わってはいても、家の
外には関心すら持たないから、楓とは縁も生じないと思います。ただ、当主で
ある祖父だけは楓に興味を持つ日が来るのではないかと、それだけが不安なの
です。あの変わり者の従兄弟達が結婚し、子供を持つ日が来るとは思えない。
そうなると、祖父は祐一に期待することになるでしょう。しかし、ふと、祐一
も私と同様、大して長生きしないのではないかと感じるのです。もしも、祐一
まで早死にするようなことになったら。祖父の直系の孫は楓一人という可能性
が生じてしまうのではないか。
・・・
 カホはきっと、そこで随分、長い時間、ペンを置いて考え込んだのだろう。
黄ばんだ便箋の余白がそこだけ強く、強く浮かんで見えた。
・・・
 私は一体、何を書こうとしているのかしら。何も知らないあなたにあの家の
馬鹿げた事実を告げようだなんて、本当に愚かな真似をしようとしているので
はないか。恐ろしい。でも、それでも私はあなたに事実を告げておかなければ
ならない。どれほど私があの家を恐れ、どうしてあの家に楓を奪われたくない
のか、それだけは記しておかなければならない。
譲さん。あの家は一言で言うなら、化け物の巣窟です。あの家に生まれる者の
七割は、世間で言うところの化け物でした。
 化け物。何て恐ろしい響きなのかしら。私や祐一は三割の部類で、あなたと
同じ普通の人間なのに、あの家では出来損ないの、除け者でした。何の価値も
ないのです。健常であるにも関わらず。
 あの連中の化け物たる仕組みはわかりませんが、彼らは私には見えないもの
を見、聞こえないものを聞くことが出来ました。私は傍流に過ぎませんから、
祖父に会ったことはありませんが、祐一の話では彼は植物とお話が出来るのだ
そうです。馬鹿げているでしょう? だけど、それが水城の家では多数派なの
です。彼らは異能力を持っている。過去の出来事が見える者や、未来が見える
者、霊と話が出来る者、遠く離れた世界で起きている現象が見える者。まるで
漫画です。彼らは異能力を持つ者同士、ひっそりと身を潜め、暮らしています
が、それは彼らが世間に遠慮しているからではなく、単に通常に溶け込めない
からです。姿形は変わらなくとも化け物だから、普通の人間のふりをし続ける
ことは大儀なのでしょう。私はあの気味の悪い連中と楓を同類にしたくない。
楓には私や祐一と同じ、ありふれた普通の人間であって欲しい。もし、能力を
持っていたとしてもこの世に、ましてや己にそんな力があると知らなければ、
そのままで終わることもあるらしいのです。だったら、水城の人間と接触する
ことなく、何も知らず、あなたの手元にいさえすれば、楓は普通の人間として
生きて行けるのではないか。そう思うのです。だから、譲さん。どうか、楓と
水城の人間が関わらずに済むように心掛けて下さいませんか。

 

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