たぶん。真夜気は曖昧に頷いた。実際、彼には答えがわかっていないような 素振りに見えて、麻木はいよいよ首を傾げることになった。 「たぶんって、何だ?」 「まぁ、きっと、そうなんだろうなって、見当は付いているんだけど。でも、 そうだって、確証はないんだよね」 「誰の子供か、わからないのが家にいるってことはないだろう。いくら金持ち って言ったって」 真夜気は頷いた。 「アメリカに行っている叔父の娘と同じ名前だから、たぶん、そいつだろうと は思うけど」 「じゃあ、そうだろう。妥当な線だ」 麻木は納得出来たが、真夜気の方は釈然としない様子だった。 「正直、それを考え出すと夜、眠れないんだ。ミーヤに聞くのも、物凄い答え が返って来そうで怖いから、気が進まなくってさ」 「どうしてだ? 叔父さんの娘ってことは従姉妹だろう。今、どうしているの か、聞くくらい、単なる日常会話じゃないか」 「確かにオレの従姉妹には三都子って、こいつと同じ名の女がいるよ」 真夜気は心底、たじろいでいるらしい。そんな迷いが窺えた。 「でも、歳が違う。全然、違う。だって、そいつは大久保の分家の末娘と同じ 日に生まれて、その末娘はもうじき結婚しそうな二十八歳。オレより誕生日は 早かったけど、学年は一緒。オレ達は同い年なんだ。二人に会ったことはない けど、同い年なんだから当然、こんな七、八ヶ月の赤ん坊なはずはない。それ におかしいとは思うけど、でも」 「でも?」 「いつもこの子、家にいるような気がするんだ。オレが子供の頃からずっと」 麻木は呆気に取られ、キョトンとしてしまったようだ。自分が間抜けな顔で いることに気付き、改めて苦笑する。 「冗談はよせ。二十何年も赤ん坊のままでいられるはずがないだろう」 真夜気は完全に納得したとは思えない、仕方なさそうな様子でそれでも渋々、 頷いた。 「そうだよな。オレ達、身体は普通だもん。有り得ないよな」 「真夜気、出来たわよ。運んでちょうだい」 声が掛かり、真夜気は立ち上がる。キッチンからはコーヒー以外にも漂って 来る匂いがある。結局、彩子は空腹を訴える従弟のために何か新たに用意した のだろう。麻木は仲の良さそうな従姉弟達の様子を微笑ましく思いながらも、 やはり気に掛かることがあった。身体は普通。真夜気はそう言ったが、それは 先刻、ミーヤが口にした心配と噛み合わない。身体は普通と信じていたかった が、それすら疑わしくなって来た。ミーヤはそんなことを言っていた。麻木は ソファーに残された赤ん坊を見やった。綺麗な服を着せられて、彼女は眠って いる。彼女は一体、誰なのか。真夜気も、恐らくは彩子も素性を知らない赤ん 坊。ミーヤが姉にも従弟にも告げていないのなら、そこにはそれ相応の意味が あるはずだ。 「麻木さん」 呼ばれて麻木は振り返る。入り口に立っていたのは先刻、出掛けたはずの島崎 だった。彼は顔色が優れなかった。何を言いに戻って来たのか、麻木が不安に なるほど、彼は緊張した面持ちで立っていた。 「どうかしたのか?」 麻木は嫌な予感に胸を塞がれながら、踏み込んで来ない島崎の方へ歩み寄る。 「まさか、楓に何か?」 「いや。そうじゃない。あなたの、お兄さんのお宅へ向かった方がいい」 麻木は意味がわからず、島崎の、カホに似た顔を見た。 「手遅れになっては困るでしょう。急いで」 飛び出すように部屋を出る島崎の後を麻木は訳もわからずに追い掛けた。 島崎の言葉の意味はわからなかったが、出来の良い彼が緊張するほど何かが 差し迫り、緊迫した事態であることは理解出来た。一体、兄達夫婦の身に何が 起こったのか。麻木はただ島崎が運転する車の隣で身を固くしていた。島崎の こわばった表情と最大限のスピードに何も言えなかった。島崎は水城家の一員 らしく、麻木に場所を問うことなく小さな工場のガレージに車を入れた。 「家じゃない。工場の方です。奥。急いで」 頷き、麻木は降り立った。何年ぶりかで工場に足を踏み入れる。真っ暗な中に スポットが一つ、ずっと奥の方に灯っている。大きな機械と種々雑多な工具や 部品の棚の合間を縫うようにして、麻木は光の下へと駆けていた。もし、島崎 がいなかったら。彼が知らせてくれなかったら。麻木は唯一の肉親を亡くして いた。守と節子は一緒にいた。工場の天井に伸びた梁に二本のロープを吊し、 その輪っかに二人はまさに自分の首を掛けようとしていたのだ。二人は小さな 踏み台にようやく立っていた。 「何をやっているんだ?」 |