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 魔法使い。小鷺が言うところの白い魔法使いは達の兄へのコンプレックスを
解消した手品師でもあった。容姿端麗にして、頭が良いのも当然だ。楓の異母
弟であり、ミーヤの双子の片割れなのだ。そして、人違いされたが為に恋人を
絞殺された男でもあった。恋人が消息を絶った時、彼は二十歳かそこらだった
はずだ。そう考えると尚更、不憫だと思えた。しかし、彼はただ悲嘆にくれる
ばかりの弱い人間ではなかった。楓を逆恨みするほど、哀れではない。彩子に
そう言ったという気の強さが瞳に見え隠れしていた。顔形こそ、似ているもの
の、彼だけは目が違うのだ。頭の良さからか、行儀の良さからなのか、両方を
備えない麻木には測りかねたが、自分の感情を押し隠し、表情すら消しがちな
兄達に比べて幾分、ユーマは正直そうに見えた。嫌いなものは嫌いだと直接、
相手に告げる気性の持ち主なのではないか。そのユーマが小鷺を見据える目に
浮かべた色は到底、遠慮がちとは言えない冷たいものだった。
「ああ、魔法使いの、ね」
 小鷺はユーマの目に気圧されないよう、心掛けたようだ。ミーヤの異能力を
身を持って体験し、大沢の証言を聞いては、予備知識のない小鷺も信じざるを
得ないはずだ。気味悪いほど、よく似た兄弟の持つ異能力の凄さを。一卵性の
双子が似ているのは当然だ。しかし、その双子の兄弟と楓が似ていることとで
は全く意味が異なる。ましてや、彼らは母親を共有しない。血統書付きの犬や
猫ではない人間が一卵性の双子以外にここまでの同形になるはずがなかった。
つまり、彼らはどう贔屓目に見ても、生物として尋常ではないのだ。
「ねぇ、ねぇ。笠木さんが見せてくれるって」
達は兄が火災に遭い、大火傷を負った直後だというのに、こんな所にユーマと
一緒にいる。いかにも楽しそうなその様子に麻木は面喰らっていた。彼が兄、
大沢の部屋に赤い髪の、おそらくはこのユーマと共に現れたことにどんな意味
があるのか。達は兄が不可解な事故に遭う現場にいた。驚くような光景を目の
当たりにしていながら、なぜ、兄に付き添わず、選りにも選って大火傷の原因
かも知れないユーマと一緒にいるのか。
___いくら馬鹿だって、わかるだろうに。
「何を見せてくれるって? 手品か? つまんないね」
棘を含んだ小鷺の声音に答えたのはユーマの方だった。
「手品じゃなくて、手の内。先に見せておいてあげようと思って」
「手の内?」
「興味、あるでしょ」
ユーマは濃紺のジャケットの胸ポケットからカードケースを取り出した。その
中から目を奪われるほどに美しい白い手でカードを取り、軽く繰った。次いで
内の一枚を捻り上げると、麻木と小鷺、それに期待に目を輝かせて待っていた
達は小さな紙の行方を目で追った。宙を舞う一枚の紙切れ。誰に触れたわけで
もない。それは麻木も見ていた。
「えっ」
何人たりとも触れてはいない。それにも係わらず、カードは突然、めらめらと
燃え上がり、すぐに燃え尽きて、床に落ちる欠片もなかった。その光景に息を
呑む。しかし、達にだけはそれが期待通りの光景だったらしく、彼は無邪気に
声を上げて喜んだ。
「凄い、凄い。もっと見せて」
「いいよ。こんな名刺、いらないからね」
ユーマは達の要望に応じて次々にカードを放ち、ことごとく燃え上がらせた。
その手際から仕組みは見て取れない。どこぞに細工があるのか、否か。懸命に
目を凝らしていても、全く何も見えなかった。この程度の火力では人の生身の
足を燃すことまでは出来ないのではないか、そう穿ってみるしかなかった。
「ね、坊ちゃん。凄いでしょう。魔法でしょう?」
達のはしゃいだ声が癇に障ったらしく、小鷺は苛立った声を返した。
「うるさい。たかが手品に仕掛けがないわけがないだろう。馬鹿が」
 ユーマの恐ろしい手品の仕組みを解明することに夢中で、さすがに達の心に
気を配る余裕はないのだろう。紙切れとは言え、燃え上がり、燃え尽きるまで
の火勢を見れば、大した火力ではないと小鷺には侮れない。なぜなら、ユーマ
が、真っ赤な髪のミーヤがその力を今度は小鷺に向けかねないからだ。彼には
小鷺に対する敵意があり、いっそ、危害を加える気があるからこそ、わざわざ
手の内を見せたのではないか。小鷺は身に迫る危機を感じているのだ。一方の
達は小鷺の怒声に驚き、凍りついたように立ち竦んでいた。達は小鷺にだけは
罵倒されないと信じていたのかも知れない。立ち尽くす大男のこわばった顔を
ユーマは見やった。
「達ちゃんは馬鹿じゃないよ。皆、知っているよ、そんなこと」

 

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