「何度、繰り返し見ても、火柱が上がっていました、そこ彼処でね」 「つまり?」 麻木は急いたが、小鷺は違う話を始めた。 「同じ頃、時間的にはやや先に、大沢の部屋も火事を出したんです」 「火事? 単なる偶然じゃない、と?」 「それは何とも。大沢は大火傷を負って、入院しました。ただ。社宅代わりの マンション住まいだったので、仕事仲間のような連中が病院に担ぎ込んだわけ なんですが、その際、あの冷静な男が興奮して、いや、錯乱して、妙なことを 口走っていたらしいんです」 「妙なこと?」 小鷺は頷いた。 「何度も繰り返し繰り返し。真っ赤な髪のミーヤが達君とやって来た。それで その真っ赤な髪のミーヤに火を付けられたって、何度も」 「真っ赤な髪の、ミーヤ?」 小鷺は苦しげに頷いた。 「ええ。真っ赤な髪のミーヤであって、楓さんではなかったらしい。だけど、 ミーヤは髪を染めたことがない。ずっとあの栗色の髪のままです。第一、人に 火を付けるなんて大それた真似、あいつに出来っこないでしょ」 「そうだろうな。火傷の程度は? 口が利けるんなら大丈夫なんだろうが」 頷くまでに小鷺は一呼吸分の時間を要した。 「命は。しかし、両足切断は、已むを得ない措置だそうです」 「切断? 今時、火傷で切断しなくちゃならんようなことがあるのか?」 「驚きますよね。だけど、事実なんです。膝下だけがほとんど炭化したような 状態で、義足を付けるためには切らざるを得ない。あれがたかが、民家の火災 で負う火傷だなんて到底、信じられないんです。特殊な薬品を置いた研究室内 にいたわけじゃないし、その男は灯油を掛けるとか、可燃性の何かを持ち込む ようなこともしなかった。ライターすら持っていなかった。ただ、その真っ赤 な髪の誰かと喋っていたら、いきなり足が燃え始めたと大沢は言うんです」 「そんなこと、あるはずがないだろう」 麻木は自分の常識を持ってそう断じながら、一抹の不安を感じていた。三十 年先に人を送り付けるという楓の能力を思えば、荒唐無稽とは言い切れない。 それどころか、むしろ、現実として受け容れ易い行為のような気さえする始末 だった。麻木はふと、大沢が連れ去り、監禁していたという子供の存在を思い 出した。大久保の分家の長女の子供。一つ、また一つと小さなピースを得る度 に麻木の周りの状況も変化して行く。その子供は楓の義弟、ユーマにとっては 亡くした恋人の甥だ。殺された恋人の代わりに彼女の甥を救いたいと願ったと しても不思議ではないし、傲慢な凶行に走った大沢を警察に突き出しただけで 被害者と家族の気が晴れるとも思えない。麻木は暗い車の中、佇んだミーヤの 横顔を思い浮かべた。あの電話で大沢への報復に付いて、大久保の長女と協議 し、長女は息子を救出してくれたミーヤに全て、一任したようだった。 ___では、あの時、ミーヤが決めたってことか。 「あれもこれもわからないんです。ミーヤが僕に掛けたあの催眠術みたいなの の仕組みもわからないし、今回のことも皆目。第一、真っ赤な髪の誰かが大沢 の脚に火を付けたのだとしても、薬剤のような物の力なしにいきなり、あんな 高温に達するはずはない。催眠術もあれだけど、放火は許せないし、仕組みが わからないことには防ぎようがない。どうやって再発を防げばいいんです? 重要な拠点は他にもまだ幾つもあるというのに」 「さぁな。消火器を小積んで備えるしかないだろう。それより九鬼はどうして いるんだ?」 麻木は自分が聞きたいことを聞いた。 「ションボリしています。ミーヤにばれたのがよほどショックだったらしい。 出頭する気はないようだけれど」 「待て。本当にこのまま、しらを切り通す気なのか? あれだけの罪を犯した のに罪悪感もないのか? 因果応報、必ず罰せられるんだぞ」 「何度、同じ話をする気なんです? 大体、そんなの、建て前でしょう。実際 は逃げ延びるか、人の分を押し付けられるか、どちらかだ。未解決事件もどう かと思いますけど、冤罪事件の数は国を挙げて恥じるべきでしょう」 「確かに。迷宮入りも多々あるし、冤罪もある。それは否定しないが、そんな 一部分だけを切り取って、まるで自分が無実の側の人間のような口を利くな。 おまえは確実に殺した側の人間じゃないか」 「証拠はないんでしょ? 警察が逮捕出来ないなら、それは無実ってことです よ、元刑事さん」 開き直ったとも取れる小鷺の笑みに麻木は黙った。九鬼が自白したとしても、 物証がなければ小鷺は逃げ切れる。それだけの力を彼は、いや、実家は持って いる。 「金で無実を買った気か」 「そう凄まないで下さいよ。僕は無関係なだけですからね」 捜査線上に名前一つ、浮かんだこともないのだと胸を張る若造の横面を張り 倒してやりたかった。しかし、小鷺が保管していた物証も焼失した今現在、彼 を引きずり出すことが困難極まりないことなど、察するまでもなかった。 「それに、楓さんだって迷惑するでしょ。何しろ」 小鷺は意味ありげにニヤリと笑って見せた。 「犯行グループには御自分の従兄も含まれていたわけだから」 「嫌な言い方するね」 麻木も一瞬、ミーヤだと思った。同じ声の持ち主は鉄柵の向こう側から不意 に現れた。真っ赤な、血に濡れたような髪。彼が達と一緒に降りて来たことに 一体、どんな意味があるのか。 「はじめまして、麻木さん。笠木です。ユーマでも構いませんが」 笑った顔もミーヤと同じに見える。当然、義兄である楓にも似ているものの、 双子であるミーヤとの相似に比べれば、少しは違いがあるように思う。色白の ユーマの後ろで達は嬉しげにニコニコと笑っていた。 「笠木さん。坊ちゃん、笠木さん」 彼は小鷺に笠木を紹介しているつもりでいるらしい。笠木。確か、達の自慢の 生徒で、英語とフランス語が話せ、漢字が苦手な美容師。そして、彼の特技は 魔法だった。 |