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 ユーマのさも他人事のような冷笑に小鷺は対抗出来なかった。犯人たる物証
が云々と言う二人の会話の中身が麻木にはわからない。だが、ユーマはそれを
ことごとく言い当てたらしい。小鷺は平静でいられなくなっていた。
「どこに、どこにあるんだ?」
早口に問いただす小鷺をユーマはせせら笑った。
「楓さんが知っている。彼が持っているんじゃない?」
麻木は弾かれたように楓の部屋のドアを見た。楓が物証を持っている。小鷺を
有罪に導けるだけの何かを持っている。麻木は内心に湧き上がる興奮と共に、
諦めも感じていた。楓は警察に託すという形での処罰を望んでいない。麻木の
甥、廉を犯罪者にしたくない一心から。そして、それはミーヤも同じことだ。
彼は小鷺が犯罪者になることを良しとしない。ユーマを止めたほどなのだ。
「あ、そうだ。あの人、もう一つ、持っているよ。廉がこっそり録音したSD
カードだか、何だかを持っている」
「SDカード?」
「そう。音声データ。全員の声が入っているって。あれはちょっとヤバイ内容
ならしいね、小鷺さん。再現ドラマ並だって」
嫌味口調でユーマはそう言い、くすくすと笑う。
「言うこと、聞かなきゃならないのはあんたの方だと思うよ。結果的に楓さん
が警察から匿ってくれるんなら、それで十分、いい話だよね。だって、あれが
公開されたら、小鷺製薬が潰れちゃう。一人息子が連続殺人犯じゃ、さすがに
ね」
小鷺は乾いた叫び声を上げた。もう彼一人で対処出来ることではない。確たる
物証まで握られていてはあの父親を持ってしても、簡単な交渉ではない。
「ミーヤを呼んでくれ」
彼は話のわかるミーヤを頼りにするつもりのようだ。だが、ユーマはあっさり
と断った。
「無理。お爺様が連れて帰っちゃったから、ここにはいないし。大体、当分、
出て来ないと思うな。疲れているから」
「だったら、楓さんを呼べ」
「自分で行けば? 言っておくけど、あの人、僕らに出来ることは全部、僕ら
以上にこなせるから」
 ピカピカと光るユーマの透き通った、強い眼差し。彼は兄達より色素が薄い
ように見える。皮膚も瞳もミーヤを薄めたような色合いだが、眼が帯びた光は
ミーヤより、はるかに強い。そこには気性の強さが現れているのだろうか? 
恋人を人違いで殺されて、何も知らぬまま、ずっと待ち続けた男。楓を逆恨み
しないと言った男。だが、彼は恋人、環を手に掛けた廉を恨んでいただろう。
そのユーマが楓の廉に施す報復の内容に賛同したのだろうか。麻木はユーマの
勝ち気そうな横顔を眺めてみる。その表情から彼の望む報復はもっと単刀直入
なものではなかったかと想像した。大沢の両足を燃し、小鷺製薬第一研究所に
内部から火を放ったように。
 楓はこの異母弟の承諾なしに三十年先に送るという酷いのか、免責なのか、
判断に窮するような報復はしなかったはずだ。だとすれば、ユーマが承知した
ことになる。しかし、恋人を絞殺した廉への直接的な報復を諦めたその代償に
ユーマは何かを得、満足出来たのだろうか。ユーマが引き下がった理由を麻木
は穿鑿していた。そのユーマは底光りする目で小鷺を見ていた。
「廉は手の届かない世界に行ってしまったし、僕のこの怒りは誰にぶつければ
いいんだろう」
ユーマの独り言のような問いに答えたのは、驚いたことに達だった。
「失敗すればいい。わざとじゃなかったら、誰も怒らない」
嬉しそうな笑顔で達は自分の経験から出たのだろう策を授ける。
___経験? 
 麻木は自問した。頭の働きに難のある達の失敗に目くじらを立てる者はそう
いなかったのかも知れない。だが、それは達には故意に失敗するだけの知恵は
ないと皆、知っていたからだ。『失敗すればいい』その発言はしかし、故意に
失敗するという姑息なやり方を達が認知していることに他ならないのではない
か。ユーマは笑みを浮かべ、達を見上げる。
「達ちゃんって、賢いね。でも、僕はミーヤに嫌われるようなこと、する気は
ないよ」
それが本音なのか、ユーマは残念そうに言う。
「ミーヤとはやっと会えたんだし、これから先、そう長くは一緒にいられない
と思う。そのミーヤに恨まれるようなこと、出来ない。悲しませたくないから
ね」
達は引き下がらなかった。
「じゃあ、僕が代わってあげる。それなら笠木さんは悪くない。ミーヤさんも
怒らない」
ニコニコと笑いながら、そう申し出た達の頭の具合が麻木には計りかねた。

 

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