back

menu

next

 

 もしかしたら。達は一切を理解した上で代行を申し出ているのではないか。
麻木が初見において見積もったよりも、彼の知能は高いのではないか。そんな
疑念を小鷺もまた抱いただろう。小鷺は見知っていた分、麻木以上に達を馬鹿
だと知っていたのだから。
「あの眼鏡の奴、あいつの分もやってあげる」
___眼鏡の奴。廉のことか。
「おい。おまえ、自分が言っていること、わかっているのか?」
小鷺はとうとう声を張り上げた。意外な展開に黙っていられなくなったのだ。
「そいつが大沢の足を焼いたんだろうが。おまえから見れば、言わば、兄の敵
じゃないか。何でそんな奴の味方をする? 兄の足を台無しにされたんだぞ。
頭、おかしいんじゃないのか?」
強い叱責にも達は毅然と答えた。
「笠木さんは悪いこと、していない。悪いこと、していたのはあいつだ。何回
も何回も悪いこと、した。皆は気付かなかった。でも、笠木さんが気付いて、
止めた。だからあいつ、もう悪いこと、出来ない。足、燃えたのは天罰。神様
が忙しいから、笠木さんが燃やしてあげた。それだけ。笠木さんは悪くない。
良いこと、した」
「ふざけるな。そいつは化け物だ。魔法使いどころか、悪魔なんだ。悪魔でも
なきゃ、そんなふざけた手品は出来ない」
「違う。笠木さんは良い人だ」
 麻木は小鷺と達の口論を見ていなかった。達が代役を名乗り出て、明らかに
ユーマの様子は一変した。強い表情は失せ、辛そうな様子が見て取れる。沈痛
な眼差しは何かを悔やみ始めているようにも見えた。彼はまるで、ショックに
打ちのめされたようだった。
「笠木さん、大丈夫?」
達はユーマの暗い表情に気付いたらしく、心配そうに覗き込んだ。彼はユーマ
が大好きなのだ。もしかすると、今までそんな感情を抱いたこともなかったの
かも知れない。麻木はそうも考えた。二人が出会った経緯はわからないが、達
はユーマに出会ったことで初めて、成長する機会を得たのではないか。ユーマ
と関わることで、いつまでも子供のままでいるはずだった達の人生はがらりと
変わったのだ。押し黙ったままのユーマを達はいたわりたかったらしい。
「大丈夫?」
彼は力を入れ過ぎないように苦心する様子を見せながらも、ユーマの赤い髪に
覆われた頭を撫でた。
「元気出して。僕、笠木さんの味方。守ってあげる」
「ありがとう」
彼のものとは思えないほど弱い声でユーマはそう答え、それでも疲れた様子を
隠せなかった。未だ心配げに達はユーマの顔を覗き込んでいる。ユーマが笑い
顔を見せるまでは達の心配は尽きないのだろう。彼は真面目にユーマが元気を
失った理由を考えてみたようだ。ふいに達は晴れ晴れとした笑みを浮かべた。
自分の思いつきにいたく満足したらしかった。
「わかった。何も食べてないからだ。笠木さん、昨日も今日も何も食べてない
よ。僕だけ、食べた。だからだ。僕、何か、作ってあげる。ミーヤさんのお家
で何か作ってあげるよ」
言い終えるなり、達は飛び出した。鉄柵を開け、階段を駆け上がって行くその
勢いには小鷺すら、呆気に取られるばかりだった。
「作るって、馬鹿に何が出来るって言うんだ。コンロなんて、触らせて貰った
こともないのに」
「言ってて、違うなって自分でもわかっているんでしょ」
ユーマは辛そうに話す。だが、麻木には彼が唐突に気力まで失ったように消沈
した理由がわからなかった。ただ、達の変化が彼にはダメージとなったように
見えるばかりだ。
___でも、利口になったのを悲しむ奴はいないよな。
ユーマが何を考えているのか、麻木には計りかねた。勝ち気そうに見えていた
顔から表情が失せてみると、驚くほどミーヤに似て、淋しげな顔に変わった。
それは小鷺にも同様に見える変化だったらしい。
「あの」
 小鷺はミーヤと同じ姿になったユーマにはきつく詰問出来なかったようだ。
明らかに小鷺は態度を和らげた。
「大沢のこと、本当に、おまえなのか?」
「そう。あの子の叔母さんと付き合っていたからね。彼女は死んで、もう何も
してやれないから、的外れなことでも、何かしてあげたかった」
嘘など吐いていないのだろう。そう思わせる、穏やかな口ぶりだった。
___双子って、こんなに似ているものなのか。
 麻木がそんなことを思うほど、ユーマはミーヤに似ている。笑っていないと
いうだけで、それまで勝ち気でわがままそうに見えていた顔が孤独な、悲しい
ものに変わったのだ。本来、これが素顔だったのではないか、そう疑うほど、
ユーマは冷めて、静まった。だが、一体、何が彼をこれほどまでに失望させた
のか?

 

back

menu

next