森央は本気でこの曾孫に災いがもたらされると恐れ、慌てて、どやし付けた ように見えた。 「撤回しろ。今、すぐにだ」 楓は薄い笑みで森央をたじろがせる。 「何であんなものを恐れなくちゃならないんです?」 楓には森央の動揺が滑稽に見えるらしい。森央も、楓の一族の中でも突出した 能力を思い出したようだ。 「おまえにはお婆様の姿が見えるんだったな」 「その姿じゃなくて、本体が見えますよ」 森央は疑わしげに楓の笑顔を見つめる。麻木が案じる必要はなかった。彼らは 互いの心中を覗くことも、隠すことも出来る。好きな方を選択すればいいだけ だ。 「まさか」 「車の中からミーヤとあなたを引きずり出したように、あの山奥から婆さんを 引き出すことも出来る。だから、僕には罰は当たらない。罰なんて上から下に 一方的に食らわすものでしょ?」 楓の発言は森央には驚愕すべき内容のようだった。麻木は島崎が言ったことを 思い返した。楓は水城家始まって以来の異能力者だ。もしかすると、その自信 から独裁者である曾祖父さえ、はるかに及ばないところで何かを企んでいるの ではないか。だからこそ、森央は押し黙ってしまったのではないか。決して、 向こう見ずなだけで言っていることではない。それを察したからこそ、森央は 対応に行き詰まったのだ。事情がわかるだけに彼には馬鹿馬鹿しいことと笑い 飛ばせなかったに違いなかった。 「大丈夫。心配しないで。当分、睨み合っているだけだと思う。お互い、正面 衝突は得策じゃない。婆さんは水城という家なしに存在出来ないし、僕だって 婆さんと戦うだけのために燃え尽きたくなんかない。大体、こんな生身の身体 じゃ、僕が先に死ぬのは当然のこと。全くの損だ。何せ、向こうさんはとっく の昔に肉体を失って、身軽なものなんだから。身体ってお荷物がない分、有利 で羨ましいくらいだ」 森央さえ呆気に取られたように、淀みなくケロリとした調子で話す曾孫の顔を 見ていた。次元が違う。彼がそう思ったのは表情から見て取れた。楓は独裁者 の曾祖父が持て余す、別次元の生き物だったのだ。 ___オレの手に負えないはずだ。 楓は笑った顔のまま、小鷺を見やった。 「席を外してもらえます?」 「ああ、あの、僕は」 まごつきながら何か言おうとする小鷺を楓は制した。 「君と九鬼には何もしない。無罪放免ととってもいいし、いろいろ勘ぐっても いい。ただ」 楓は優しそうな顔で小鷺を見据えていた。その顔で虫一匹殺せるはずがないと 誰でも思うような、穏やかな顔だった。 「必要が生じた場合は対処する。その時はミーヤの言い分なんて、聞かない。 そのつもりでいて欲しい」 「何も言いません」 小鷺は操られたようにそう言った。 「絶対に何も、誰にも言いません。だから、あの」 まごついた上で小鷺は思い切ったように聞いて来た。 「会うくらいは構わないでしょうか?」 「そんなこと、僕に強制する資格はないでしょ。幼馴染に会うくらいのこと」 小鷺は心底、安心したように息を吐く。この期に及んでも、彼にとって最も 重要な関心事はミーヤに会えるか否か、それだけなのだ。結局、どうやら最高 の実力者である楓のお墨付きを得て、ミーヤに会えるか否かに気を揉まなくて もいい、そう安堵した感さえ見えた。 「では、席を外して。小岩井さん達にはしばらく片付けに来なくていいって、 伝えて下さい。内線で構わないから」 「はい」 小鷺は極めて従順に従い、下がって行った。あの極端な能力を見れば、さすが に小鷺製薬の威光など無力と理解し、最善の選択を成したらしい。諦めが良い と揶揄すべきなのか、それとも利口と褒めるべきなのか。 麻木は何も言えないまま、立ち尽くした。自分にこの男の父親でいる資格が 無いことは一目瞭然で、誰に指摘されるまでもない。可愛い我が子と信じて、 必死で育て上げてみれば、それはライオンだったと驚愕する老猫のような立場 だ。麻木は自分の思いつきを否定出来ずに茫然としつつ、同時に自分の諦めの 悪さに辟易しなければならなかった。なぜ、小鷺のようにその場に合わせて、 パッと身を翻すことが出来ないのか。 ___未だ父親でいたいのか。そんな資格も、度胸もないのに。 その心中の葛藤を森央が見咎めたようだった。 「あんた、そんな思いつきを盾にして逃げる気なのかね?」 「お父さんを巻き込まないでくれます?」 楓は険しい顔になり、森央を見やる。 「僕のこと、お父さんに押し付ける気ですか?」 「押し付けようにも、手に負えるわけがない。わたしだって持て余すものを」 「だったら、お父さんにはあれこれ、口を出さないで」 |