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森央はそれには答えなかった。
「あの男はどうするんだ?」
彼は立ち去った小鷺の処遇に納得出来なかったらしい。
「ミーヤが生きている限り、手は出せない。あんなのでも、ミーヤにとっては
思い出を形作る大切なパーツならしいから」
手を出す。森央は何か言いたそうな顔で麻木を見やった。楓の言い分に不服が
あることは見て取れる。いや。それは単に小鷺一人のことではない。もしや。
麻木は自分の身に日常の延長にはない不安を覚えた。いつか、自分はこの一族
によって手に掛けられるのではないか。実際、可能性は小さくはない。自分は
知り過ぎている。真夜気は自分の本名すら、知る者はいないと言った。仮名で
通し、決して素性は明かさないのだと。それにも拘らず、麻木は彼らの本名は
おろか、仕事の内容も、それが出来る理由、異能力までをも知っている。本来
なら一族の秘密を守るため、排除する対象とみなしても当然なのではないか。
楓は父親の胸中の恐れを見たらしい。遠回しな言い方で、しかし、はっきりと
曾祖父に釘を刺した。
「そう言えば、うちは滅多に人に手を掛けたりしないよね、森央さん」
「そうだな。社会通念くらいは持っているからな」
森央は渋々と、頷いた。恐らく嘘ではないだろう。それでも彼は一族の安全を
図るために先ず、麻木の口を塞いでおきたいのではないか。それは当主として
は正当な心理だ。彼らは世間から突出すべきではない。目立たず、静かに紛れ
込んでいる方が得策なのだ。誰とて、ごく普通の存在でいたいと願う。力その
ものは便利なものかも知れない。だが、大衆に知れ渡れば、当たり前の日常は
営めない。差別や偏見の対象になるかも知れないし、それによって負う苦痛は
神経の具合を疑われる比ではないだろう。
 楓がこれから何をしでかそうと考えているのか、麻木には見当もつかない。
だが、森央でさえ、ゾッとすることなのだ。特殊な顧客を相手に破格の料金を
得る従来の家業、占い師の枠から踏み出してしまうのは間違いなかった。何を
企んだとしても、楓は熟慮を怠らないだろう。それでも、楓の踏み出す一歩は
一族に危険をもたらす結果を招きかねないのではないか。
「大丈夫だよ。そんなに深刻なことじゃない」
楓は麻木の心中を眺めていたようだ。麻木が視線に気付き、見やると微笑んで
見せた。何でもないことだと言うような笑み。しかし、麻木にはそれが強がり
なのか、本音なのか、計りかねた。もしかすると、楓は麻木のために何度も嘘
を吐いて来たのかも知れない。楓は嘘を好まない。もし、吐くとすれば、麻木
を安心させるための、彼にとっては苦しい嘘だけだったのだろう。麻木はその
気遣いに気付いてもやれなかった。恐らく、ただの一度も。ニコニコとのん気
な表情で庭木の手入れをする楓の日常の憂鬱と苦痛の、どれ一つにも気付いて
やれなかったのだ。
「心配しなくてもいいんだってば。僕だって婆さんと早々、争うつもりはない
し、向こうだって同じだ。婆さんは我が家なしには存在出来ないし、こっちも
利用出来るものは使わないと損だ。表面的には今までと何も変わらない」
森央は渋い顔で曾孫を見やる。
「根っこを粗末にしてはならん。根っこなしには生まれなかったし、存続もし
得ないのだからな」
「葉っぱがなければ、根だって立ち枯れますよ」
「おまえはへこたれない奴だ」
 二人の間の気まずい沈黙を一掃したのはミーヤだった。六階から下る階段へ
姿を現したミーヤはずぶ濡れで、身体中から水が滴り落ちている。連れ添った
双子の片割れ、ユーマが強い非難めいた声を上げた。
「何を考えているんだよ? 達ちゃんが掴んでくれなかったら、森央さんじゃ
なくて、ミーヤの方が流されていたじゃないか」
「ごめん」
楓はすらりと謝った。ユーマはそれ以上、断罪する気もなかったのか、傍らの
ミーヤを見た。巻き込まれた本人が許すならそれ以上、楓と言い争うつもりも
ないらしい。
「先に一言、言ってくれれば良かったのに。いきなりで驚いちゃって、本当に
心臓が止まりそうだった」
「ごめん。ちょっと外出した間に連れて行かれたから、カッとなっちゃって。
気が回らなかった。これからは気を付ける」
ミーヤは眉をひそめた。
「これからは? 冗談はやめて下さいね。二度と御免だ、あんなのは」
「たぶん、大丈夫。覚えておく」
 楓ははっきりとしない返事をした。それに気付いているのだろうが、双子は
どちらもそれに触れない。ミーヤは曾祖父の具合を気にしていたようだ。
「お爺様、大丈夫でしたか?」
降りて来たミーヤは森央の手首を見咎めた。そこからは血が一筋、流れ落ちて
いるそのままだ。
「早く手当をしましょう」
「構わなくていい。わたしは屋敷に戻る。こんな所にはいられないからな」
「では、止血だけ」

 

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