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 人垣の奥から出て来た真夜気に皆が座を開ける。真夜気は麻木の前まで進み
出ると、疲れた顔を作り笑いで満たして見せた。
「今日はね、珍しくあの偏屈、引き篭もり爺さんがここまで出て来て、当然と
言うか、大騒ぎになって、皆、ぐったり疲れ果てているんだよ。あの横暴さに
はやっぱり、どうしたって付き合いきれなくてね。で、こうやって総決起集会
していたってわけだ。いつかはギャフンと言わせてやるぞってね」
真夜気は冗談めかして笑ったが、疲れた表情の中で目だけは光っている。
「ぶっちゃけちまうと、爺さんは気に入らないことがあると、何でもミーヤの
せいにする。我が家があるのはミーヤのおかげみたいなもんなのに、認めよう
ともしない。大体、ミーヤが不幸になったのは馬鹿な祐一に人を見る目がなく
て、とんでもない糞女にミーヤをやってしまったからなんだ。別の家に養子に
出されたユーマは恋人を人間違いで殺されるって不幸はあったけど、それでも
ごくまともな人生を送っていたんだぞ」
祐一。カホが愛していると自覚しながら、どうしても結婚に踏み切れなかった
相手。楓の実父だ。
「祐一夫婦は駆け落ちで結婚したからな。爺さんにはさぞ御不満だっただろう
けど、でも、子供を養子に出さなきゃならないような窮地に陥っているのに、
爺さんは手を差しのべてやらなかった。金ならあったのに。だったら、あんた
が諸悪の根元だろうって本人に言って、何が悪いんだ? オレがそう言ったら
杖でぶん殴られそうになって、ミーヤが庇ってくれて。それでミーヤがケガを
して、皆、こんな暗い顔して集っているってわけだ」
「ケガって。大丈夫なのか?」
真夜気は麻木の表情を見つめ、苦い笑みを浮かべる。
「他人のおじさんがこんなに心配してくれるのに。曾祖父があれじゃ、悲しい
よ。頭が切れて、だいぶ出血はしたけど、命に別状はない。頬にミミズ腫れが
出来て、かわいそうなことになっているけど。今は黒永が付いている。彩子の
方がすっかり取り乱しちゃってね。鎮静剤打って、寝かせている」
楓と同じ、あんな綺麗な顔に杖を振り下ろす曾祖父の神経は悪魔のものだと、
麻木は思う。怒りに任せてミーヤの顔にミミズ腫れを作るくらいなら。もし、
自分の怒りを抑え切れないなら。オレなら、いっそ、自分の顔を打ち付ける。
壁に自分の顔を突っ込んだ方が後々、よほど気が楽だと思った。
「何で爺さんとやらはミーヤを大事にしないんだ?」
出来るなら、本人に問いただしたかった。
「あの人はね、馬鹿だからだよ」
吐き捨てる真夜気にはそれしか出来ない自分への苛立ちがある。彼らは揃いも
揃って皆、ミーヤを愛しているのだ。麻木はふと、思い付いた。ならば、彼ら
は土田とはまるっきり異なる感覚で楓を見ていたのではないか。彼らの楓への
気持ちは複雑なものだったのでないか。労力のわりに全く報われないミーヤと
何も知らないまま、後継に迎えられようとしている楓。二人の違いを見る度、
皆、良い気はしなかったはずだ。
「爺さんはどうあっても、楓を呼び戻したいと?」
真夜気は頷いた。やはり、島崎の言う通り、カホの心配した通りなのか。麻木
は楓の答えは聞いていない。だが、急速に水城家に寄って行く楓は既に麻木の
ものではないに等しかった。
「おまえさん方はどう思っているんだ? 楓を迎えられるものなのか?」
真夜気は微笑んで見せた。
「誰も爺さんの後継に選ばれて妬ましいなんて、思っていないから。何しろ、
オレ達とは力が違う。正当だろうよ。だって、あの人、ずっと目を閉じたまま
だったんだぜ。それなのに普通じゃなかった。あの人が子供の頃、描いていた
絵日記の意味、あんたはわかっていなかったんだろ? ま、あれが何なのか、
わかっていたら震え上がって、二度と可愛いとは思わなかっただろうけど」
真夜気は固い声でそう言った。真夜気にはあの、間近にいる麻木には楓が今、
何を見て描いているのか、想像も出来なかった絵の意味した所が解読出来ると
でも言うのだろうか。
「どういう意味だ?」
「あれはね、彩子やミーヤが、ユーマが見たり聞いたりした、三人の体験だ。
自分に妹や弟がいるって、知らない時にあの人、もう感じ取っていたんだよ。
妹、弟達の意識が見えていたんだ。小豆みたいな色のドレスを着た人形は彩子
が持っていた物。火事で失くしたそうだ。ウサギの絵もあっただろう。それは
ユーマの家の近くに飼われていたものだ、それも、ロンドンでね」

 

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