少なくとも、同じ容貌を持つ兄弟達とは同等の幸せにありつけて当然だった のではないか。一体、何が彼の人生を悪い方へと傾けてしまったのか。麻木は 真夜気の言葉を思い返す。祐一。カホが愛し、そして見限った男。彼がとんで もない女に養子としてミーヤを渡してしまったこと、それが以後の全ての原因 なのだ。ミーヤは麻木の腹の内で急速に膨れ上がって行く祐一への不満と怒り を感じ取ってしまったようだった。静かな声で、それでも話し始めた。 「麻木さん。僕は祐一を恨んでいません。一度だけだけれど、様子を見に来て くれたことがあるんです。さすがに不安になったのかも知れないし、気まぐれ だったのかも知れない。でも、わざわざ会いに来てくれた。その時、祐一の所 に行きたいと僕には言えなかった、それだけのことだから。だから、その後の 僕の人生に起きたことは全て、僕の責任なんです。祐一のせいでも、ましてや 曾祖父のせいでもありません」 「子供にどんな責任が負えるって言うんだ? 何も出来やしないじゃないか」 「一般的には。でも、楓さんは自分の意志であなたを選んだし、僕にはそれが 出来なかった。だったら、やはり僕の責任でしょう」 「楓がオレを選ぶ?」 ミーヤは麻木の問いには答えなかった。うっすらと涙の滲んだ目で彼は呟く。 「ユーマじゃなくて良かった。だから、僕は神様には感謝している。三都子の 不安に比べたら、これくらいは平気。我慢しなくてはいけない、そんな程度の ことだから、平気。三都子の不安に比べたら、どうってことはないから」 ミーヤは一人ごちていた。もう麻木の姿など見えていないようだ。漂う視線 も尋常ではない。見えていないし、聞いてもいない。麻木はようよう痛ましい 異常に気付いた。強がりで自分を騙そうとしているだけなのだ。あんな奇怪な 催眠術を持ってしても、自分を騙すことは出来ないものなのだろうか。 「もう見ないであげて下さい。少し休めば落ち着かれるでしょうから」 頃合を見て戻って来たらしい黒永に促されて、麻木は目を逸らした。もう退散 しなくてはならない。 「麻木さん」 呼ばれて、麻木は声の主を見やる。その声を麻木は知っていた。 「少し、お時間を頂けますかしら?」 元通り、ミーヤの傍らには黒永が付き添い、麻木はミーヤの居室を後にし、 彩子に促されるようにして、無人の楓の部屋に入る。彼女は廊下に飾られた絵 の前に立ち、麻木を見やった。彼女自身、疲れているのだろう、今朝はやつれ が目立った。 「わたしはあの連中のような特殊な力は持っていません。カホさんと同じです わ。でも、何かに導かれるようにして今、ここに立っている。ミーヤとは彼が 生まれて一週間目には生き別れたのに、また出会うことが出来たし、もう一人 のユーマとも最近、再び出会えました。人の運命って、誰が決めているのかは 想像もし得ないけれど、随分とお手軽に決められているようですわね」 彩子は辛そうな様子で立っている。体調はやはり万全とは言い難いようだ。 それでも尚、今、麻木に言いたいことがあると言うなら、それは一体、何なの か? 麻木は自分の疑問を解消するために彼女の話を遮ることはしなかった。 彩子には意を決した覚悟のようなものが見受けられたからだ。 「この絵を描いた人を御存知ですか?」 唐突にも思える質問だった。楓の住む部屋の廊下に飾られた三枚の水彩画。 楓が気に入って、大切にしているその絵がなぜ、今、話題になるのか。いや、 話題にしなくてはならないのか。 「では、楓さんにこの絵をプレゼントした人は御存知ですか?」 矢継ぎ早に彩子は問うて来る。麻木の返事など待っていないのかも知れない。 「三枚の絵に描かれた植物の意味するところはおわかりですか?」 「どれもわからない」 麻木は素直に答えた。どれ一つ、説明されていないし、土台、麻木には興味も ないことだったからだ。 「なぜ、そんなことを?」 「楓さんにこの絵をプレゼントしたのは、大久保の分家の末娘。彼女は楓さん のことが好きなんです。そして、この絵を描いたのは彼女の二番目の姉。ここ に環って書いてありますでしょ。そして、三種類の植物は彼女達の誕生花です わ。環さんは自分達三人姉妹の誕生花を描いたんです」 彩子は温度の低そうな目を麻木に向けた。 「彼女達はあなたにとって、無縁の存在ではありません。関係ないと割り切る ことは出来ないはずです。長女のことは何となく程度でも、聞き及んでいるの でしょう? 子供が行方不明になったと、ミーヤに泣きついて来ていたその人 ですわ。次女は環さん。この絵を描いた彼女はこの十三年、いいえ、ほとんど 十四年間、行方不明でした。殺されて、人造湖の底に沈められていたんです。 人違いでね」 |