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「わたしはただ、ミーヤに楽をさせてやりたい。曽祖父に煩わされず、静かに 安らかに過ごさせてやりたいんです。あの曾祖父が何と言っても、関係ない、 そう言えるのは楓さん一人だけ。楓さんには曾祖父の言動に煩わされないだけ の力があるのでしょう? もし、そうだったら、あなたから楓さんにミーヤを 守ってくれるように取りなして頂けませんか。ユーマは今は辛くても、きっと いつか克服出来る。もちろん、苦しいし、時間のかかることでしょうけれど。 でも、ミーヤにそんな時間はありません。残念ですけれど、でも、わたしにも それだけははっきりとわかるんです。何の力もありはしないのに」 残り三ヶ月と言い切ったミーヤの声音を麻木は耳に繰り返す。あれは嘘でも 冗談でもなく、確信だった。特殊な力を持たない彩子がそれでも、それを感じ 取ったのだとしたら、彼女の弟への愛情がなしたことだろう。再会したばかり の弟を手放したくない。そんな姉の一念が死によって、無理やり引き裂かれる ことになる未来を感じ取ったのではないか? カホが息子と引き裂かれること になる、自らの短命を予期したように。 「ただでさえ、健康ではないのにこのまま、曾祖父にいいように使われたら、 もっと早く死んでしまうかも知れない。ミーヤは何一つ、良い思いなんてして いないのに」 彩子は声を詰まらせた。 彼女の涙を浮かべ、湖面のように光る眼に魅了されない者はいないだろう。 彼女に異能力はないが、弟のように人を操ることが不可能とも言えない。彩子 は小岩井が一万分の一でいい、孫娘のためにあやかりたいと願うほど、美しい のだ。 「心配無用だよ、彩子さん。楓はあんた方を蔑ろにするようなことはしない。 血が繋がっていないオレ達でさえ、あいつは大切にしてくれていたんだ。妹弟 を粗末にするような真似はしない。それに」 麻木は一つ、息を吐いた。 「特別な力があったようには見えない時期でも、その、環さんの姿を見たり、 居場所と言うか、沈められている場所がわかったんだ。潜在的にあんた方妹弟 にずっと、あいつの意識は向いていたんだろう。それは十分、愛情って呼べる 思いなんだと思うよ。だから、楓はあんた方を大事にする。ましてや、病身の ミーヤさんを粗末になんか、絶対にしない」 嘘や気休めを言ったつもりはない。幼い楓はスケッチブックに麻木にとっては 意味のない、しかし、楓にとっては本当は意味のある絵を描いていた。何一つ 理解出来ないまま、それでも妹弟の日常を感じ取っていたのだ。 もし、麻木にあんな特殊な力への理解があったなら。せめて、その力の存在 を知っていたなら、楓の力はもっと早く開花していたのかも知れない。カホの 遺書さえ、読んでいたなら。もし、麻木が摩訶不思議な力の存在を知ってさえ いたなら。今更、何をどう思っても何も始まらないが、楓は一旦はそんな力を 失ったように見えていた。それをなぜ、再び取り戻すことになったのか、それ が疑問だった。 ___何がきっかけになったんだろう? 彩子は自分の気持ちを静めるようにハンカチで丁寧に目尻の涙を拭う。白い ハンカチ。そう言えば、玲子も白いハンカチで涙を拭いていた。 「ありがとう。安心しました。あなたが育てたのなら、楓さんという人は信用 出来ます。幸せな人ですね、彼」 麻木は彩子の整った、今は穏やかな顔を見た。彼ら、ミーヤは知っているが、 楓を直接は知らなかった人間、真夜気も彩子もなぜ、同じようなことを言うの か。義父である麻木に対する気遣いなのか。本気でそう思っているのか。彼ら は楓は幸せだと言った。 「なぜ、楓を幸せだと?」 彩子はこわばった表情になり、一瞬、目を伏せた。 「言い辛いことなら言わなくていいんだ。悪かったな」 「いいえ」 彩子は決然と首を振った。 「ミーヤを思うと、楓さんは本当に幸せに生きて来た人に見えるから。わたし は早くに両親を亡くしましたけれど、不甲斐なかったとは言え、実の親二人と 過ごしたのだし、良い思い出も山のようにあるんです。二人は世間知らずで、 要領を得なかったけど、正直で優しくもあったから。ユーマもまた、養父母に 育てられましたが、彼らは子供を大切にしたそうです。だから、運は良かった んです。でも、ミーヤは。わたし、それを思うと父が憎くなるんです。あの人 がもう少し利口で、言葉だけじゃなくて、もっと良く見て、疑ってみることも 必要だって知っていてくれたら。ミーヤをあんな目に遭わせずに済んだのに。 悔しくて、呪いたくもなるんです。だから、父にはミーヤが安心出来るまで、 過去から逃れることが出来るまで決して、成仏して欲しくない」 |