「我が家は大久保の分家。本家である水城から見れば、能なしの役立たずです わ。水城家に何かと都合をつけて貰えて、裕福でしたけど、肩身は狭かった。 だから、上の姉には跡取りとして、何が何でも家を盛り立てようという覚悟と 突き進む喜びがあったのかも知れません。でも、次女の環にも、更に二人より ずっと年下の三女であるわたしにもすべきことも、出来ることもなく、日々は ただ虚しいものでした。枠から出ることも、枠の中で楽しむことも出来ずに、 ただ生きているだけの。だからこそ、環の変化はわたしにとっても喜びでした し、希望でもありました。そういう人生の転換もあるんだって。お金目当てで はない人と出会うって幸運があるんだって初めて、知ったんですから」 花里子は息を吐いた。 「環が失踪し、わたし達家族は辛かったです。苦しかった。だけれど、ユーマ さんの気持ちを思えば、我慢は出来ました。だって、そうでしょう? どこの どなたが突然、消えた恋人を十何年も無事を祈り、願を掛けながら、ひたすら 待ってくれるでしょう? 女の心変わりを疑わず、自分の気持ちを変えないで 待っていてくれるでしょう?」 花里子は彼女らしからぬ強い口調で麻木を諫めるように尋ねた。 「出来ますか? 同じようにしてくれますか?」 麻木には花里子の憤りの理由が理解出来なかった。彼女は昨日、今日のこと で怒っているのではない。ならば、姉を待ち続けた十数年の間中の鬱憤が彼女 を攻撃的にしているのだろうか。 「愛されて、あんなに強く信じて貰えて、環は十分に幸せだった。ユーマさん が幸せにしてくれた。姉は満足していると思うんです。だから、ユーマさんが これから先、他の人と新しい幸せを手に出来ないのはいけないことだと思う。 わたし達全員が幸せになれる方向に生きて行くべきです。誰も、何も放棄して はならないし、挑戦を辞めてはいけない。誰か一人でも、何かを諦めたら残り の全員が不幸になると思うんです」 花里子は一息にまくし立て、ようやく一息吐いた。言うだけ言って、すっきり したのかも知れない。彼女はもう一つ、ため息も吐いた。 「わたしは幸せになりたい。誰かのために遠慮するのも、気兼ねするのも嫌。 そんなこと、出来ない。完全な形の幸せが欲しいし、それを手に入れるために 頑張ることが幸せだと思うんです。でも、それは罰当たりなことなんでしょう か? わたしは幸せ半ばで殺されてしまった姉のために、わたしの幸せも半分 で切り捨てるべきなのですか?」 麻木は彼女の言いたいことが既に環とユーマのことから離れたことに気付いた が、核心は突けなかった。花里子は何に憤り、こうも切なく麻木に訴えている のだろう? 「もう少し、平たく言ってくれないか。つまり、あんたはあんたが望む完全な 幸せにはありつけないと言っているのか? それも、あんたの望みに反して」 花里子は頷いた。疲れて、うなだれた彼女は当たり前の人間に見える。欲望も あるし、時にはそれを我慢すべきと知ってもいるそんな人間に。 「ええ。望むまま、全ては」 「どういうことだ? 何だって、端から諦めるようなもんじゃないだろう? あんたは若くて健康なんだから」 「わかっています。あの。わたしは、わたしが三都子を育てて行くことに異存 はないんです。御存知なんでしょう? 彼女はわたしと同じ日に生まれた人、 縁はあります。その彼女を全くの他人に任せるのは気が進みませんし、彼女の 心細さを思えば、身内であるわたしが傍にいた方がいいはずです。だけど」 「だけど?」 「わたしは自分の子供も欲しいんです。もし、授からなければ、仕方がないと 諦めます。でも、最初から望まないというのはどうしても納得出来なくて」 「望まないって、楓がいらないと言っているのか?」 「ええ」 花里子は頷いた。 「気持ちはわからなくはないつもりです。だって、自分と見間違われたばかり にユーマさんの恋人だった環が殺されて、楓さんは生涯、本当の意味での気楽 にはなれないでしょう。生涯、忘れないし、忘れられようはずもない。苦しい 立場だとわかるつもりです。でも、だからと言って、自分の幸せを放棄するの は話が違うのではありませんか? そんなことをすれば、環も、ユーマさんも 救われないと思うのはわたしの身勝手でしょうか? なりふり構わず、幸せに なりたいわたしの詭弁でしょうか? わたしがただ自分の幸せを欲張っている だけなのかしら?」 麻木は仲良さげな兄弟の様子を思い出していた。時折、夕食後にトランプに 興ずる兄弟。しかし、そんなに楽しそうに遊ぶ楓を麻木は初めて、見たのだ。 結局、今まで楓のレベルで駆け引き出来る対戦相手がいず、楓はゲームを満喫 出来なかったのだろう。そして、悲惨なゲーム歴を持つミーヤがやはり一番、 強く、楓とユーマのレベルに大差はないようだった。 |