微笑ましくも、拮抗したゲームの中にふと、浮かび上がる影はあった。 『何も賭けないトランプなんか、面白くない』 そう言ってミーヤが先に抜けてしまうこと。ミーヤがどんな光景を思い出し、 居た堪れないと感じて席を立つのか、麻木にはわからない。その背をちらりと 見、だが、何も言わないユーマにも思うところはあったはずだ。人を呪わば、 穴二つだと言ったユーマ。その二人の兄なのだから、楓の発想もそうしたもの なのかも知れない。自分さえ良ければいいなどと思わないし、思えないのだ。 そんな真っ当な感覚が麻木には嬉しくもあり、困惑するものでもあった。そこ まで自分に厳しくあって欲しくない。楓には甘い幸せを享受して欲しい。そう 願いながらも、麻木はミーヤの疲れた横顔を思い出す。あの残り僅かと知って いる時間さえ、他人のために割く人間を思うと、好きな女性と共に長い時間を 過ごせる、それだけで十分と考える楓を愚かとは言えなかった。 麻木とて、短い時間で妻を失った身だ。もし、もっと長くカホと過ごすこと が出来るなら、それさえ叶うなら、自身が早めに死ぬくらいは何でもない交換 条件だと喜んだだろう。花里子は物思いに沈んだまま、一向に賛同しようとし ない麻木をこわばった表情で見守っていた。麻木の長い沈黙を自分本位な考え だと非難されていると取ったのか、彼女は肩を落とした。 「やはり、わたしが間違っているんですわね。姉があんなことになったのに、 何の遠慮もしないで、もっと欲張るだなんて。罰当たりなんですわね」 「そうは言っていない」 麻木は心底、そう思い、思うからこそ、言った。 「そうじゃないよ、花里子さん」 花里子にまで自分の手にし得る幸せの全てを自分には多過ぎるからと、端から 受け取らないような真似をして欲しくない。楓の頑なな性格を思うと、花里子 には是非、今のままの柔軟な、いささかの貪欲さを持っていて欲しかった。 「早合点しなさんな。楓にとって環さんは遠縁で、ユーマは異母弟だ。環さん を、ユーマと自分を見間違えた馬鹿な、当時は自分の従兄だった男に殺されて しまって、申し訳ないと思うのは当然だろう。それにあんたを見る度、無念の 内に死んだ環さんを思い浮かべたって仕方ないじゃないか。そんなの、ちっと もおかしなことじゃない。自分があんたと一緒にいられて幸せだって思う度、 その度に弟が奪われた幸せを想像するのは人間として責められることじゃない はずだ。あいつを育てたオレにとっては自慢になるくらいなんだよ」 花里子は頷いた。彼女とて、姉とユーマの不運を痛ましく思っているし、二人 への気兼ねはあるのだ。自分の幸せの何割かを最初から放棄しようとする楓の 心情を理解してもいる。ましてや、楓はミーヤも視野に入れている。これまで に好きな人がいたのかどうか、それすらわからないミーヤの生涯を思うと楓が 欲張れないのも必然だった。 「もう少し、待ってやってくれ。死んだ環さんだって、ユーマだって、あんた と楓に罪はないと知っている。非はないんだ。だから、遠慮する必要もないん だよ」 「お義父様」 「二人共、若いんだ。自分達が手に出来るありったけの幸せを追求しないで、 それを配慮と言うのは環さんにも、ユーマにも失礼だ」 花里子は瞳に小さな、だが、強い光を浮かべた。支持してくれる父親に希望を 得たのだろう。 「では、わたしは間違っていないと?」 麻木は頷き、そして言い加えた。 「だが、慌ててはいかん。子供を産む分、女の方が欲が深いとも、現実的だと も言えるんだと思うが、早く割り切れるものだ。だが、男の方はもう少し時間 がかかるんだよ。あんたは今日、明日、子供が出来ないからって慌てなくちゃ ならない歳じゃないし、彩子さんに子供が出来てからでもいいんじゃないのか ね」 「彩子さん?」 「楓は彼女が二度も流産したことを知っているんじゃないのか?」 花里子は聞かされていなかったらしく、息を呑むような表情を浮かべ、すぐに 承知した。 「教えて下さって、ありがとうございます。危うく彩子さんに相談してしまう ところでした。それで楓さん、他言はするなって言ったんだわ。ええ。わたし だって、今すぐにだなんて欲張ることはしません。待ちます、せめて彩子さん のお気持ちが癒されるまでは口にもしませんわ」 花里子は彩子への気遣いを優先すると決めたようだった。 ・・・ 花里子が苦心惨憺して、どうにか活けた花を眺め、麻木は考える。楓の企む ことがわからなかった。環やユーマに遠慮する神経の持ち主があの森央と言い 争ってまで何をしようとしているのか。それがどうにもわからない。山に棲む お婆様とやらが麻木には妖怪としか聞こえなかったのだが、その何者かが水城 家の始祖であるらしい。彼らにはその妖怪のような女の血が流れていて、それ 故にあの能力を持っている。結局、そういうことなのだと思うしかなかった。 ___新手の新興宗教みたいな話だな。 |