カルトだ。麻木から見れば荒唐無稽で、滑稽でさえある。だが、彼らにして 見れば源であり、多少、筋が通らないくらいはどうということではないのだ。 自分達は神の血をひいている。そう信じるカルト集団のようなものと思えば、 ありふれた連中と言えなくもない。彼らが信じる物語はこうだ。神である一人 の女性、自分達の源である女が死後、精霊となって、一つの山に溶け込んだ。 彼女の魂はそこで生き続けている。だから、末裔である自分達はその山ごと、 彼女の魂を守るために、彼女から受け継いだ異能力を使うのだと。麻木は馬鹿 馬鹿しくなって、失笑した。 屁理屈を必要とするのは麻木一人だけだ。よそ者が無理やりに理解し、共感 しようとするから馬鹿げた作り話を用意しなくてはならないだけで、当事者で ある彼らに物語など、必要ない。彼らには他に解釈のしようのない共通の根源 があり、その結果として、異能力を持っている。その現実だけを見れば、その 一つきりを信じるのは当然の理だった。ならば、そんな集団から離れて育った 楓はいつ、彼らと同じ特殊な人間に変わったのか。元々、楓は自分の見たり、 聞いたりするものを妄想なのではないかと危惧していた。自分の神経の具合を 不安視していたのだ。正確には麻木がそんな心配をするから、楓も恐れていた に過ぎないのだろうが。 しかし、それでも麻木は楓は気を病んだ、だが、普通の人間だと思っていた し、楓も同じような認識でいたはずだ。多少の行き違いはあったものの、楓は ありふれた人間だったのだ。そんな楓が一体、いつ、何をきっかけに変わった のか。あの一族の人間だと自覚し、更にその力を駆使出来るようになったのか ? 年の瀬、麻木に涙を見せた楓は自分の血筋を知らない様子だった。実の父親 が他にいること、カホと麻木が結婚に至る経緯の内の幾らかと自分に異母妹が いること、その程度しか知らなかった。穏やかで我慢強い、優しい楓が変貌を 遂げたのはいつの頃だろう。その始まりにさえ、自分は気付いていなかったの か。愕然とし、麻木は考える。異変と言えば、あの告白の後、高熱を出した。 それぐらいだ。医者は疲れから来るものだとしか言わなかった。そうだったと しても、あの程度の熱が楓を変えるほどのものだったのだろうか。 釈然としないが、あれ以降、次第に楓には勝ち気な面が覗くようになったと 思う。心情を吐露し合い、麻木に対して遠慮する理由が無くなって、ようやく ささやかなわがままを言えるようになった。それだけの話だったのだろうか。 ___それにしても、どうしていきなり、能力を使えるようになったんだ? それを今、考えるのは無駄と知っている。当人に聞くしか、知る術がないこと であり、更には麻木の心配はそれきりでもない。第一、楓にどんな力があった としても、彼なら悪用しないし、一族にそういう手合いがいないのなら、麻木 が思案する必要など全くなかった。ただ。三都子。幼いままでいる彼女を目の 当たりにすれば、その度、麻木も言い知れぬ不安を覚えた。自分の孫が、楓の 子供があんな身体に生まれたら。 麻木はそっと息を吐いた。 ___花里子に慌てるなと言ったオレが急いてどうする? 料理の下ごしらえを残したまま、ミーヤは呼びに来たユーマと楓の元に行き、 それきり戻って来なかった。とっくに日は暮れなずんでいる。彼らは楓の自室 にはいないようだ。花里子は夜になれば、自宅に戻る。自分も帰宅しようかと 麻木は考え始めた。猫と三都子の面倒は黒永が看ている。楓と同じ年頃の医者 がこんな所で猫と赤ん坊の世話をしていることも、世間的には十分に不思議な 状況だろうが、あまりに変わった能力の持ち主ばかりが揃ったここでは大した ことではないと見えた。 「考え事に切りはついたのかね?」 麻木はギョッとして、声の主を見やった。銀色の頭の杖。森央が一人、廊下 に立っていた。彼は楓の部屋から出て来たらしい。 「ああ、まぁ。考えても埒が明かないことばかりだから」 森央は表情は変えない。彼は大抵、陰気な顔つきでいるらしい。そのままの顔 で森央はゆっくりと歩いて来た。 「楓は目さえ、開かなければ、良い子だったらしいな」 森央は苦い笑みを見せる。 「植木共が言っておった。根は悪くないそうだ」 |