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 麻木はカホの遺書を思い出す。楓の父親、祐一の、植物と会話出来る祖父と
はこの森央だ。
「目が開く、とは?」
「こんな馬鹿馬鹿しい力を使えるようになること、を言うのさ」
森央は自嘲するように目を細める。彼にも、麻木の心中が見えている。
「一族と一緒にいなければ、こんなふざけた力があると知らなければ、能力が
備わっていたとしても、そうと気付かずに過すことはある。カホが望んだ通り
にな」
「だが、楓は子供の頃、多少は、確かに変わっていた。その、お婆様とやらが
見えていたようだし、彩子さんやミーヤ達の様子も感じ取っていたようなんだ
が」
「だから、あれは桁違いだと言うんだ」
森央は眉を顰め、さも嫌そうにため息を吐いた。どうにもならないものの対処
に手を焼くことすら、諦めてしまったような、投げやりな様子が見て取れた。
「そんなに違うものなのか?」
「そうでなければ、あの用水路で死んでいただろう」
用水路。もしかしたら。麻木は最も聞きたくない核心に近付いたのではないか
? 麻木は遠慮がない分、結果として、何でも話してくれそうな森央の、親切
そうにも見えない、冷たげな顔を見つめて考える。ここで何もかも聞いていい
ものなのか、否かを。
「迷うことはない。聞いておきなさい。どんなに怖い思いをしても、あんたは
自力では逃げられやしないのだから」
「自力ではって」
「昔」
森央は戸惑う麻木に構いなどしなかった。
「あんたの甥っ子に用水路に突き落とされた時、その時、一度、楓の目は完全
に開いたのだ。それまでは自分の持つ能力に確信があったわけではない。誰か
に教えられたことはなく、そんな力の存在を知らなかったのだからな。楓には
せいぜい、うっすら見える、幻のようなものだったはずだ。だが、死の恐怖に
直面して、何とか対処しようとする内、制御を解除することになったらしい」
「制御? 何を解除したと?」
「異能力。居場所を確保するために制御していたんだろう、それまでは」
「何で制御なんてするんだ?」
「使えば、即座に化け物と認定されるじゃないか。過ごし難いだろう、ばれて
しまっては」
「待ってくれ。ほんの子供、いや、赤ん坊のような時分からそんな知恵がある
はずは」
「あれは別格だと何度、言わせるんだ」
つまらなそうに森央は吐き捨てた。
「楓は水を、流れるものの力を使うことが出来る。だから、老木を薙ぎ倒し、
自分を絡めて、難を逃れた。そうやって生き延びることが出来たものの、再び
自ら、目を閉じた。三十年使うまいと決めたのだ。だからこそ、その後、三十
年、つい先日まで並みよりは勘の良い、だが、ただの人間だった。能力がない
ために気付かずに深山に近付き過ぎもした。知らず知らず、引き寄せられたの
だろう。結果、次第に薄日が差し込むように目が開いてしまったらしい」
森央は黙ったままの麻木を見やった。
「深山の力に感化されたのだ。あの猫が異常に賢いように。幽間の近くにいる
大男が利口になり始めたように。あんただって、通常の同年代より、はるかに
覚えも勘も良いはずだ」
「別に大したことは、何もない。オレは取り柄のない平凡な」
「自覚出来ないだけだ。慣れというものは怖いものだ。事実すら、見過ごして
しまうのだからな」
 森央の断定口調に麻木は返す言葉がなかった。確かにパピは猫の域をはるか
に越えるほど賢いし、達は悪知恵さえ、身に付け始めた。だが、自分のことは
さっぱりわからない。
「ピンと来るとか来ないとかいう、本来、根拠のない感覚を信じるんだろう、
最近のあんたは。理屈より、感覚を信じる。それはあんたの本来の質ではない
はずだ。つまり、あんたも変わっているのだよ、特に深山に感化されてな」
麻木は言い返せなかった。
「予め、自分で設定した期限が来たから楓の目は開いた。深山の影響で若干、
早めに開き始めたが、それでも楓にはほぼ、予定通りだ。あれはもう、誰にも
制御出来ない。お婆様でさえ、お手上げだそうだ。とても手に負えない。それ
なら協調すべきだという、お婆様のお達しは守らなければならん。個人的意見
の衝突に煩わされている場合ではない」
「場合ではないって、何らかの火急の用でもあるということか?」
森央は薄く笑んで見せた。
「やはり、察しはいいじゃないか。そうだ。人の世界に隠れて生きて来た我々
ですら、変わる。いや、変わらねばならぬ。今こそが転換期だ。何せ、誰にも
言い逃れの出来ない日が近付いている。楓は、その時のために生まれたような
ものだ」
「その時?」
「カホは『七割と三割だ』と言ったんだな。それは長い間の、我が家の決まり
のような比率であり、定説でもあった。だが、今の世代は違う。わたしの曾孫
の世代はまるで違う。真夜気達兄妹は三人全員に異能力がある。楓達は母親が
違うとは言え、同じ父親の下に生まれたのだから、数の規定には漏れないはず
だ。それにも拘らず、四人の内、力がないのは彩子一人。出現率が高すぎる。
アメリカに行っている孫の、一人息子には力がないが、その方が普通だ。ここ
まで異能力者が一代にずらりと揃ったことはなかったし、その上、能力の内容
がおかしい」
「おかしい?」
「そうだ」

 

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