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「我々の力は土台、ふざけたものだが、それでも本来、人を直接、攻撃出来る
ようなものではなかった。所詮は占い止まりのはずなのだ。過去に攻撃的な力
を持つ者がいたこともあるが、そやつらは極端に短命で、大した災いとまでは
ならなかった。昔は、外の世界に害を為さぬように封じることが出来たのだ、
内々に」
森央は自分の力が及ばないこの事態に憤りと不安を持っている様子だった。
「我々は変わろうとしている。吉か凶かは考えたくもないことだが。そして、
楓はわたしとは違うやり方で乗り切る腹積もりでいるようだ」
森央はやり切れないと言うように息を吐いた。
「あんたの育て方云々でなく、あれは生まれつき、ああなんだよ、麻木さん」
彼は不器用な言い方で慰めてくれたようだ。
 何らかの転換期にいるという一族。麻木にその行く末がわかるはずもない。
行く先に墓はあるのか。楓のあの呟きはその未来のために吐かれたものだった
のだろうか。そんなことはさておいても楓は今、どこにいるのだろう? 夜に
は未だ、冷えた風が吹くこともあるというのに。麻木はミーヤの青ざめた顔を
思い出し、更に心配になって来た。
「楓はどこに行ったんだろう? ユーマはともかく、体調の優れないミーヤを
長い時間、連れてどこへ行ったのか、御存知なのか?」
 森央は麻木を見据えた。どこか、疑うような、何かを計るような目。麻木は
その視線の意味を考えた。麻木が楓の行き先を心配しても、不思議はないはず
だ。二人は実質、親子のままだ。だとしたら、何を森央は危惧しているのか。
麻木は老人が気にしなければならないようなことを口にしただろうか。
「あんたが深山を気に掛け過ぎるからだ」
___気に掛け過ぎる? 
麻木は森央の言わんとすることが理解出来なかった。
「どういう意味だ?」
「あれに惚れるのだけはやめてくれまいか」
「何を言い出すんだ?」
「生い立ちがかわいそうなどという同情がその内、他の感情に化けるなんぞ、
ありふれた変化だ。そんなもの、あんた本人にも予測出来ん。当然、防ぐこと
も叶わん」
「あり得ない。楓と同じ顔をした子供相手に」
「同じ顔をしているからこそ、心配しているのだ。楓は息子だろうが、深山は
他人だ。何の遠慮もいらんだろう」
麻木は本気で案じているらしい森央の整った顔を見つめる。頭の中ではまち子
になじられたセリフがぐるぐると回っていた。
お兄ちゃんは楓ちゃんが好きなのよ。
自分の物にしておきたいのよ。
 そんな馬鹿げた妄想をまち子は実際、言葉にして叫んだ。楓は自分の育てた
子供だ。どうして、我が子を嫌らしい目で見なくてはならないのか。あの時は
汚い欲望でしか、愛情を計れない女を軽蔑した。断じて楓に、そんな邪な感情
を抱いたことはない。そう言い切れた。
___だが。
突き付けられた意外な事実に麻木は絶句する。言われてみれば、自分はミーヤ
を気にしている。気にし過ぎていると指摘される程とは思わなかったものの、
確かに気に掛けていた。哀れな生い立ちに同情したことは指摘通りだが、あれ
だけ器量好しで、誠実で優しい人間が余命幾ばくもないことへの憤りから派生
したものであって、淫らな欲望からではない。森央は麻木が自分の中で結論を
導き出して行く課程を眺めていたらしい。
「言っておくが、楓に深山を早死にさせる気はないぞ。残り二ヶ月程度なら、
あんたは我慢出来ようが、三年の猶予があっても、それでもしらを切り通して
くれるのか?」
「三年? どうやって、人の命を三年延ばすと? 水を操るとかいう力で?」
「まさか。“先”の世界に治療にやった。だから、“ここ”にはいないのだ」
三十年先の世界に送る。楓が何でもないことのように言った、その意味が麻木
には初めて、具体的に理解出来たように思え、言葉が出なかった。
「何だ、森央さん。暇だからって、お父さんをからかって遊ぶの、そろそろ、
やめてくれません? あんまり冗談、通じる方じゃないんだから」
 楓は平然と廊下に立っていた。六階から降りて来たらしい楓は両腕で小さな
子供を抱えている。白い服を来た幼子だ。森央はその子供を見咎めた。
「おまえ、どこに行っていた? 何を考えているんだ?」
非難口調で森央は一息に叫ぶ。
「今すぐ返して来い。誘拐してどうするんだ?」
楓はケロリと言い返す。
「人聞きの悪い。誘拐と言うよりは置き引きって感じだったかな。いくら研究
が好きだからって、こんな子供を放置していいわけがない。いなくなったって
未だ、気付きもしないような父親と祖父じゃ、かわいそうだから連れて来たん
だ」
楓は子供を森央の方へ差し出した。
「顔を見るのは初めてでしょ。曾孫の子供は玄孫って言うのか。ほら、樹香。
お爺様だよ」

 

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