楓とユーマは似ている。姿形のみならず、気立てまでも。ならば、環と花里 子の姉妹も似ていたのだろうか。環が生きていたなら。神経衰弱が出来そうな 取り合わせだったのかも知れない。木床の水気を拭いながら麻木がボンヤリと 考えた光景を楓は笑ったらしい。 「無理だよ。大久保さんの家はほとんど普通だから。そんなこと、出来ない。 似ているったって、せいぜいがお父さんと伯父さんが似ているって、その程度 だもの。さすがに神経衰弱は出来ない」 ユーマが軽い笑い声を上げた。 「麻木さんって結構、面白い人なんだね」 クスクスと、馬鹿にはしていない様子でユーマは笑う。彼は楽しそうだ。掃除 そのものが好きなのかも知れない。麻木がそんなことを考えるほど、ユーマは 慣れた様子で手際良く一切を進め、床を磨く。 「掃除が好きな兄弟なんだな」 「ああ、楓さんは掃除、好きだよね」 「軽く娯楽だよ。運動代わりの」 「そうなんだ。僕にとっては日常の大半で、好き嫌いって話じゃないかも」 「日常の、大半?」 「美容院だからね。掃除しないことには話にならない。それに両親がとにかく 掃除する人達だったから、しないと落ち着かない」 「とにかくって、病的な域ってことかね」 ユーマは目を細める。 「病的って言うと、ミーヤくらいのレベルでしょ。うちの場合、宗教だったん で、ちょっと毛色が違うかな」 「宗教?」 「そう。胡散臭い、新興宗教。掃除すると魂も救われるって、とんちきな教義 のやつで、人の家まで掃除しに行くような感じだった」 「人の家?」 麻木はすぐには呑み込めず、聞き返した。 「他人の家? 頼まれて行くのかね」 「ううん。何の縁もない他人の家に掃除させてって、行くんだよ。布教活動と 掃除が同義だから。両親は一番遠い時はドイツまで行ったらしい。一人暮らし のおばあさんの家に行ったって言っていた。新婚旅行がてらね」 麻木は何と言っていいものかわからず、まごつくばかりだった。個人の勝手 だし、人の迷惑どころか役に立つ活動なら咎めることではないはずだ。だが、 やはり、あまり一般的とは言えないのではないか。 「いいんだよ、素直に奇人、変人だって言ってくれれば」 「奇人とまでは」 「いいんだってば。本当にそうだったんだから。もう辞めているし、ね。未だ に掃除好きだから、心の中には少しくらい残っているのかも知れないけど」 「確か、お父さんが健在なんだったな」 「そう。母親は僕が七つか、八つの時に死んだ。病気だから仕方ない」 「二人きりか」 自分と楓と同じように。ユーマは微笑んだ。 「妹がいる。血縁はないけど、仲は良い方。父親は母が亡くなった後もずっと 子煩悩だったし、妹もいたし、淋しいと思ったこともなかった。父親ともめた ことも無かった。環と付き合い始めた頃には生まれて、初めて言い争いもした けれど、父は意地悪したくて反対したんじゃない。マキが、環が七つか八つ、 年上だったから反対したわけでもない。彼女に離婚歴があったから反対したん でもない。ただ、僕が子供だったから、そこを心配しただけ」 そう言うユーマの傍らで楓は何も聞いていないように手を動かし続けていた。 麻木は楓の両手首に巻かれた包帯を見る。廉の蛮行のために赤く腫れていた 手首の傷。麻木は習慣として、見慣れたあのネックレスを捜したが、とうとう 見当たらなかった。楓はオリーブグリーンの薄手のセーターを着ていて、首は 露わだった。手首でも首でもないのなら、足首に巻いているのだろうか。麻木 はわざわざ、聞いてみるまでもないことと判断し、無言を貫くことにしたが、 腑には落ちなかった。そこにカホの生きた痕跡がない。それは麻木にとっては 落ち着かないことだった。別にあの金色の赤ん坊が好きなわけではない。そう も思うが、あれはあまりにも見慣れた輝きだった。三十余年、カホと出会って 以来、ずっと目にして来た輝きだからこそ、チラリと金色の赤ん坊を見る度、 麻木は何となく安心することが出来たのだ。そこに空があり、海があり、山が あり、肉親がいるように、心安らぐ原風景となっていた。 「楓様」 小岩井は呼び方を変えていた。楓はそれに気付かなかったのか、それを気に しなかったのか、当たり前に立ち上がった。 「真夜気様からお電話が入っておりますが」 「直接、病院に行くって言って下さい。その方が早いから」 「承知致しました」 ユーマは茶化すように声を掛ける。 「ずるいな。抜けちゃう気なの?」 「埋め合わせはするよ」 笑顔で返すと、楓は出て行った。取り残されて苦にした様子もなく、ユーマは 作業を続けている。彼は性根の部分でごくまともならしい。仕事ぶりは丁寧で あり、更には楽しんでいるようにも見える。 ___親の躾なのかな。二親がまじめに生きていたって、環境か。 この子が我が子なら可愛いだろう。麻木はそんなことを考えた。何しろ、顔も 声も楓とそっくり同じで、その上、ユーマは楓ほど感情を隠さない。喜怒哀楽 がはっきりと見える分、親しみ易かった。 |