ユーマの義父の気持ちなら、麻木にも推察出来る。彼が息子を思う気持ちは 自分のものと同じだと思うからだ。だからこそ、彼の心配も不安も容易に想像 し得た。交際を知らされた時、彼はショックを受けたはずだ。七つも年上で、 離婚歴のある女性と二十歳かそこらの一人息子が交際していると聞いて平静で いられる父親は稀だと麻木は考える。自分だったなら。さしもの楓も騙されて いると感情的になり、躍起になって反対しただろう。二人の交際を容認する形 で一先ず、歯止めを掛けようとした父親も、それを承知していた息子も人並み 外れている。若ければ、反対されたと感情的になる。一旦、腹を立ててしまえ ば、以後、父親の言葉を聞くことすら困難になりがちなものだ。反対のその裏 側にある愛情を汲み取るなど、容易なことであるはずがなかった。親子の間に よほどの信頼関係が築かれていなければ、不可能だ。 「な。なぜ、お父さんは将来は認めてくれたって思うんだ?」 突然、麻木が先刻の話題を持ち出したことに驚いたのだろう。ユーマは驚いた 顔は見せたものの、すぐに微笑んだ。 「マキがいなくなった時にね、父が願を掛けるんだって、お酒と煙草を止めて くれたからかな。信仰のためじゃなくて、マキのために止めたんだ。だって、 あの人、お酒と煙草は誰が言っても止めなかった。ちゃんと信仰心があって、 ちゃんと掃除もしているから、お酒を少しと煙草を一日十五本、吸ったくらい じゃ、絶対、病気にはならないって言い張っていたのに。それを止めて、一緒 にマキの無事を祈って、願ってくれたから」 嬉しかった。そう言いながらユーマは変わらず、手を動かす。淡々としている が、その心中は計れない。彼の心に刻まれた傷は深いはずだ。簡単に癒される ものではないのだ。恋人を異母兄と自分を見間違えた男に殺され、犯人はこの 時間の中にはいない。恨む相手もいない、被害者の家族は何を心の支えにして 生きて行くのだろう? 麻木は割れたガラスの欠片をすくい上げながら思い返した。小松時計店の、 あの娘。田岡の母親は事件の後、どんな人生を過ごしたのか。麻木にとっては 小松の死体は初めての物証だった。だが、娘にとっては物ではなく、データの 一つでもなかった。父親の脇腹に刺さった包丁の柄を彼女は一生、忘れない。 忘れることなど、出来ない。料理をしない母親だった。田岡はそんな話をして いた。もしかしたら、その残像が彼女が料理を作らなかった理由なのではない か。包丁を握り、肉を切る。それを恐れ、拒んだのではないか。だとしたら、 誰に彼女を責められるだろう。そして、それがもし、彼女の夫が家を出て行く 理由に、その一端になったのだとしたら。麻木は彼女のために一体、何をして やれるだろう? ___今更? 当時の麻木は無力だった。やる気もなかったが、力もなく、捜査に加わって いるだけに等しかった。しかし、麻木は今、犯人を知っている。捜したわけで も、いつも心に留めておいたおかげでもない。ほんの弾みで知ったことだが、 それでも今、麻木は小松を殺した男を知っている。せめて、それを知らすこと が麻木に出来る唯一の、精一杯の罪滅ぼしなのではないか。 ___チャラにはならないまでも。捜しているんなら。 「意味がないんじゃないのかな」 ふいにユーマが口を挟んだ。驚いて顔を上げると、彼は関心なさそうに花瓶の 花を眺めている。彼が麻木の心中を見ていたと責める気は起こらなかった。彼 にとっては見えてしまうものであって、わざわざ風呂場を覗く馬鹿共とは違う のだ。ユーマは麻木のその考えも見えたらしく、苦笑した。 「化け物扱いも辛いんだろうけど、覗きと比べられるのも気恥ずかしいね」 「別に責めちゃいない。もう慣れたのかも知れないが」 「慣れるって、いいことなのかな」 ユーマは麻木が、いや、常人が一族の異能力に慣れてしまうことに良い印象を 持っていないらしい。 「それはわからないが。話を戻してもいいか?」 「時計屋さんの話に、だっけ?」 麻木は頷く。なぜ、小松の娘、田岡の母親に、彼女の父親を殺した男の名前を 告げてはならないのか。ふと、思い出す。彼女が過日、高名な霊能力者に依頼 しようとしていたのは犯人の正体と行方だったのかも知れない。警察には逮捕 出来なかった土田を、捜査線上に浮かぶこともなかった男を捜しているのでは ないか、今も変わらずに。 「違うよ。彼女が依頼したかったのはその日、盗まれた時計の在処だけ。彼女 は犯人の名前を知ろうとはしていなかった。利口な人だから、頼めなかったん だと思う」 「なぜ? 犯人もわからずじまいじゃ、悔しいだろう」 「土田が犯人だと知っても、何も出来ないでしょ。憎いからって、殺すことは 出来ない以上。彼女には自分の子供に加害者の家族の汚名を着せるようなこと は出来なかった。それほど壊れていなかった」 正論だ。麻木はユーマの整った顔を見つめた。彼は穏やかな顔をしていた。 楓と似た表情。その優しい顔で、だが、彼らは正当防衛も報復もする。 「だけど。あんた達は報復するじゃないか?」 |