「それじゃ、楓は。楓はいつから犯人を? 廉が犯人の一人だと知っていたと でも言うのか?」 「たぶん、ほとんど最初からわかっていたと思う。具体的には知らなかったの かも知れないけど、感じていたと思う。目が開いたのは最近のようだから」 「言っている意味が良くわからんが。何を根拠にわかっていたと?」 「さぁ。僕はあんな特別じゃないから。でも、廉が犯人だと考えていたんだと 思う。だから、昔話には触れたがらなかったんだ。あなたに勘付かれたら困る から」 「勘付かれる?」 「だって、廉が生き物を溺死させたがる性癖の持ち主だって、楓さんは誰より もよく知っていた。何しろ、突き落とされた当人なんだから」 突き落とされた。その一行を理解するなり、麻木は叫んだ。 「何だと? 楓は、あれを、あの事故を覚えていたと言うのか?」 ユーマは小さく、だが、しっかりと頷いた。 麻木は驚愕しなければならなかった。事故による恐怖で一切を忘れてしまった のではなく。廉が犯人だからこそ、麻木と兄夫婦のためにだけ、覚えていない ふりで、廉を犯人にしないように努めていただけだったのだ。 「そんな。楓はほんの子供だった。幼い、子供だったんだ」 「でも、目は開いていた。あの時まで楓さんの目は開いていた。だけど、その 時、ショックからか、目を閉じてしまった。それが今、彼には辛いみたいだ。 もし、自分が目を開けたままでいたら、マキは殺させずに済んだはずだって、 自分を責めている。自分の罪を悔いなくてはならないのはあいつらなのに」 ユーマは厳しい表情を取り戻す。 「話を戻そう。土田は生涯、自分が犯した罪に苛まれることになる。ミーヤの 掛けた暗示は死なない程度のものだから」 「暗示?」 「そう、暗示。他に適当な言葉を知らないから、そうとしか言いようがない。 土田はストレスがかかるとその度、呼吸困難を起こす。生きている限り、症状 は改善されないし、病院に行ったところで異常なしと診断されるだけ。刑務所 で気楽な暮らしされるよりはずっと、玲子さんも気が収まる。何しろ、苦しい んだから」 麻木は空気を吸い込めなくなった土田の形相を思い出していた。あの発作が 生涯、続くのなら。確かにあれは楽な罰ではない。それなら玲子の憤りも少し は解消されるやも知れない。もし。息子を奪われた母親が僅かにでも安らげる なら。土田に同情する理由は何もない。決して、不合理な災難ではない。彼に は罰せられるだけの理由がある。殺された小松の無念も少しは晴れるのだろう か。田岡が呟いた通り、十歳かそこらの娘を残し、死ななければならなかった 男の無念が今になって、ようやく麻木にも理解出来たのだ。 ___せめて。 「土田は時計が欲しくて、小松の店に押し入ったんだ。あの時、奪われた時計 は見つかるか?」 ユーマは微笑んだ。 「依頼を受けるはずだった本人が捜すよ。仕事は完璧主義ならしいから」 麻木の訝しげな顔をユーマは面白そうに眺めている。 「わからない? 高名な霊能力者って真夜気の妹だ。山女のことだよ」 「アケビ?」 ユーマは軽く頷く。 「他は? まさか本当に野放しにはすまい?」 「九鬼と小鷺にはもう少し先まで手を出さない。使いまいもあるしね。あとは あの女か。でも、それはあなたが幸せになれば、それが報復なんじゃないです か?」 ユーマはまち子のことを言っているらしい。まち子の夢に描く幸せは麻木と 結婚することだが、麻木の幸せは今でも、楓と暮らすことだった。あの桁違い の異能力を見て、その威力に慄きながら麻木は楓から離れたいとは思わない。 いや、思えなかった。現実主義をかざす小心者にとって、あんな能力者は最も 関わりになりたくない手合いであるはずだし、一生、なじめないかも知れない と恐れている。しかし、それでも麻木は楓と離れたくなかった。もう何の役に も立ってやれないと肌身に痛感しながら、自分には楓のために何かが出来ると 信じている。他のどんな人生も考えつかず、いくら想像してみても、それ以外 は自分の人生と思えもしなかった。 「オレは楓と別れたくない。楓がいない人生なんて考えられない。そんなの、 オレの人生じゃない」 麻木は憑かれたように一息に喚き、それをユーマは冷静に受け止めた。彼は 平静だった。 「それは親子の愛情云々じゃなくて、呪縛ってものだよ」 「呪縛?」 思いがけない言葉に麻木は反応するが、ユーマはカウンセラーのように淡々と 言い放つ。 「掛けた本人が断ち切ってくれれば、何の問題もなく解消される。今の気持ち なんか忘れて、この状況も記憶の中から消え失せるだろう。それって、幸せな ことだよね。忘れられるって、いいことだと思うよ、麻木さん。ずっと背負い 続ける必要なんて、ないんだよ、きっと、何も」 麻木はユーマの言っていることが理解出来ず、ただ、その柔らかく整然とした 顔を見つめるばかりだった。 |