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 「信じられない話だよな。二人共、一度にあんなに元気になるなんて。もう
パクパク、大口開けて食ってやがるの。こないだまでのオレの心労を気遣えよ
って感じ。オレの分まで取って食いそうな勢いなんだから。末恐ろしいくらい
だよ」
 妹達の回復ぶりが嬉しくてたまらない真夜気のはしゃいだ声が広いリビング
ルームいっぱいに響く。落ち着かない様子で真夜気はリビングとキッチンとを
行き来していた。そうせずにいられないほど、彼は喜びと幸福で舞い上がって
いる。山女と木霊。二人の妹達が奇跡的に回復し、真夜気の日常は一変した。
不安と陰鬱が吹き飛び、毎日が幸せに染まって、この忙しさが真夜気の喜びと
なった。真夜気は昼食を二人の妹と取るために毎日、病院に通っていた。
「それにしても楓さんって凄いよ。水が使えるって、血の流れにも干渉出来る
って意味だったんだな。あんな血の固まりが楓さんが来て、何かさすっている
内に無くなったんだよ。嫌な所に出来た塊がだよ。島崎もビックリしていた。
やっぱり、あの爺さんがびびるだけのことはある。桁違いだもん。な、ミーヤ
 麻木には真夜気が言うところの楓の能力の凄さが正味、理解出来ない。水が
使えるという意味がわからないのではない。確かに楓は森央とミーヤの二人を
水を使ってさらうことが出来た。森央が楓の留守にミーヤを連れ帰ったことに
腹を立て、その車中から無理やり二人を水で連れ戻したのだ。馬鹿馬鹿しいと
思ってはいても、同時に麻木は事実と知ってもいた。あんな大量の水を実際に
見たのだし、廉を三十年先に送ったという楓になら可能と半ば、諦めて納得も
し得た。楓は麻木の理屈など、何一つ、通用しない世界の住人だ。今更、科学
的な分析をと声高に叫んでみても何も始まらない。目前で披露された現実こそ
が全てであり、それが将来、科学的に解析されたとしても、その時には麻木は
もう死んで久しい頃だろう。遠い、将来。麻木が暮らすのはこの何一つ、図解
出来ない今と言う名の過去なのだ。
___将来は遠すぎる。
真夜気はキッチンへ戻って行き、包丁を握ったミーヤの背後から無遠慮に抱き
付いた。その衝動でミーヤの身体は大きく揺れて、堪らず声を上げた。
「皮剥きしている時は触らないでって言っているでしょう」
「だって、嬉しいんだもん」
 真夜気は明るい表情でミーヤの髪に頬ずりした。そのつややかな髪の感触が
真夜気を一層、幸せにするらしい。
「いい匂い。ピカピカしてる」
真夜気の大きな身体の重みにミーヤの身体はきしみそうだった。ミーヤは彼に
しては少し強く言った。
「重い。向こうに行って」
それでも真夜気は意に介さない。高圧的な曾祖父に慣れ、ミーヤの甘い声など
怖くも何ともないのだろう。真夜気はミーヤの背中に張り付いて、抱き締めた
格好のまま、ニコニコと上機嫌だった。
「ね、ユーマはどうしている? あの、でかいのは?」
「ユーマは静岡。お父さんの方がショックで寝込んじゃって、大変なみたい」
ミーヤは言っても無駄と理解したようだ。諦めたため息を吐き、自分が包丁を
下ろした。夕食の下ごしらえは真夜気が出掛けた後にすべきなのだろう。
「先日、ようやく久しぶりに帰宅した時もお父さんが泣いて、いたたまれない
からって、せっかく静岡まで車を飛ばしたのに、十分足らずでとんぼ返りして
来たって言っていたし、今度は長くいなくちゃならないね」
「いつ頃、戻って来るんだろうな」
ミーヤはようやく力を緩めた真夜気の腕から抜け出して、疲れた顔で真夜気を
見やった。
「ねぇ、聞いていた? 笠木さんは環さんのこと、随分と心配していたから。
ユーマはお父さんが落ち着いたら戻るとは言っていたけれど、時間がかかるん
じゃないかな」
「ふぅん。じゃ、でかいのは?」
「達さんは大沢の世話をしている」
真夜気はわざとらしく目を丸くして見せた。
「そりゃあ、また意外な展開。確か、嫌っていなかったっけ」
真夜気は別段、達の今など、気に掛けてもいないだろう。彼は気楽そうな様子
でミーヤの手元から小さな四角形に切られたチョコレート菓子を奪い、パクリ
と食いついた。
「行儀の悪いこと、しない」
「だって、美味しそうじゃん。で、何で? 何で達が大嫌いな兄の世話なんか
するんだ?」
「ユーマが静岡に帰っている間は暇だから、でしょ」
「単なる暇潰しか。しかし、あんなのに看病されたら余計、具合が悪くなるよ
な」
真夜気は茶化すようにそう言い、麻木を見やった。
「思うだろ?」
麻木は頷かなかった。

 

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