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「どうしたんすか?」
「いや、別に。何でもない」
「ふぅん。てっきり拗ねているのかと思った」
田岡はさすがにいくらかは自分の口が過ぎたのではないかと心配していたよう
だ。
「オレ、バン、バン言っちゃうから」
「ふん。似ていないなんて、おまえが生まれるずっと前から言われていたこと
だ。今更、いちいち怒ってなんかいられるか。第一、女房に似て二枚目なんだ
ぞ、結構じゃないか。ポスターも売れるし、な」
「そりゃあ、そうすよね」
田岡の回復は早かった。
「いい方に似たんだからラッキーの一言っすよね。おやじさん似じゃ、あんな
に売れませんよね」
けらけらと笑いながら田岡はさっさと車を降り、麻木も仕方なく腰を上げる。
ここに座っていても仕方がないのだ。荘六の名を染めた暖簾が冷たい夜の風に
パタパタと大きくはためくのを麻木は複雑な思いで眺めてみる。わからないの
は楓の心ばかりではなかった。なぜ、避けるべきだと感じているまち子の店の
名を口にしたのか、自分でもわからなかったのだ。
他の店でならもう少しは他人のように話せるだろうに。
「おやじさん、早く」
いつになく楽しそうな田岡の弾んだ声に急かされて、麻木は胸の奥底に抱えた
答えを認めないまま、歩き始めていた。
オレは馬鹿なんだ。
そう自覚もしている。結論を出してから踏み出すことが出来ない。歩きながら
考えることも出来ない。それでも、とにかく歩き出さずにはいられない。自分
は何かにぶつかって初めて、ようやくそこで考え始めるタイプなのだ。そして
利口な楓には父親とは全く違う、利口な人間用のやり方があるのだろう。そう
自分に言い聞かせてみたが、やはり、あの様子には釈然としないものが残る。
納得の仕様がなかった。
なぜだ?
どうしても解せなかった。父親を思いやる見慣れた姿と、自分の知人が四人も
惨殺されたにも関わらず、動揺すら見せないあの素っ気ない様子とが麻木には
どう苦心してみても、同じ人間の姿として結び付かせることが出来ないのだ。
「おやじさん、早く。またボンヤリして。早くってば」
楽しくて仕方ないらしい田岡の声に麻木は顔を上げてみる。すると店と店との
間、その暗がりに一つ、小さな黄色い光がこちらを伺うように浮かんで見えた
。黄色い光は何か囁くように一つ、明るく瞬くと逃げるように消え去り、また
元通りの暗がりが戻って来た。
何だ?
「単に切れかけているだけか」
事実を確認したつもりになり、麻木は小さく納得するとようやく荘六の暖簾を
くぐる気になっていた。

 

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