これから向かう先、そこでの展開を思うと、田岡の機嫌は悪くなるらしい。 「行ったって、どうせ会わしちゃくれないでしょうけどね、あのデブ社長が。 業界じゃ有名な七光り社長のくせに、何だ、あの態度は。やり手なのは母親の 方なんだ。まともにタレント育ててからデカイ口叩けって言うんだ」 彼は本当に怒っているらしい。前回、その社長を訪ねた時、社長の方も虫の 居所が悪かったらしく、極めて横柄だった。その上、受けて立つのが田岡なの だ。スムーズに行くはずもなかった。 向こうも頂けなかったし、な。 だが、職務中ということを忘れがちなこの男の方にも非はある。 「悪態吐くのもいいが、おまえにも反省すべき点はあったんじゃないのか? もう少し下手に接していたら、ちょっとくらい話が聞けたんじゃないのか?」 田岡は瞬時に細い眉を吊り上げる。 「オレのせいにする気っすか? 冗談じゃないっすよ。自分はよそ向いていた くせに。大体ね、あっちが悪いんですよ。だって、被害妄想じゃないか。麻木 楓が犯人だなんて、誰も思ってもいないのに」 田岡はふと、何事か思い付いたように麻木を見やった。 「いくら何でも知ってますよね、麻木 楓って歌手くらいは」 「名前と顔が一致するって程度なら、な」 「へぇー」 「オレだってレコード屋の前くらい通るさ」 田岡は苦笑いはしたが、レコード屋と言ったことに対しては彼らしくもなく 何も言わなかった。 「ほらね。おやじさんが知っているくらいの有名歌手が人を殺すわけがない。 人目にはつくし、第一、失う物が大き過ぎる。もったいないじゃん、せっかく 有名歌手なのに。麻木 楓っすよ。生まれ変われるもんなら麻木 楓、のあの 麻木 楓なんすよ」 田岡は無駄口を叩きながらもするりと滑らかな曲線を描いて、駐車スペース へと車を滑り込ませる。相変わらず見事な腕前で感心するばかりだ。実際、田 岡が赴任して来た直後、彼は大学時代、車の船積みのアルバイトをしていたと 署内でまことしやかに噂が流れたほどだった。 「おまえ、運転だけは本当、達者だな。神業だよ」 つい漏らした麻木の一言に田岡は血相を変えた。 「知りもしないくせに。オレが一番得意なのは歌ですよ」 鼻息も荒く田岡は息巻く。 「歌は、こんなもんじゃないんだから」 「だったら、相当なもんじゃないか。それなら歌手になれば良かったのに」 田岡はさも不服そうに鼻を鳴らした。余程、麻木の意見が気に入らなかった らしい。 「馬鹿らしい。芸能人なんて馬鹿がするもんでしょ? それにオレは愛想笑い して、誰彼なしに尻尾振るタイプじゃない」 それはそうだろう。そしてそう思っている田岡と芸能事務所社長のそりが合う はずもなかった。 「ま、何を思っていてもおまえの勝手だが、顔には出すな。仕事の邪魔になる だけだ」 「その点、おやじさんはポーカーフェイスでいいっすね。人間離れしたレベル でさ」 「生まれつき、な」 |