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「僕、僕は田岡 涼と申します。御尊父様には配属以来、日々、大変お世話に
なり」
普段の彼からは想像もつかない調子の良さだ。あまりの落差に腹が立ち、麻木
は半ば吐き捨てた。
「そこまででいい。嘘まで吐くな。嘘吐きは嫌われるだけだぞ」
田岡は一呼吸分くらいの間、まるっきり動かず、その後、正気に戻ったように
頷いた。
「ああ、嘘はいけないっすね」
 楓は二人のやりとりを目を細めて見守っているだけだ。穏やかで健康そうな
笑み。どうして、この素顔を仕事では使わないのか、麻木には計りかねた。
良い奴なんだ、本当に。
息子の人格は保証出来るつもりだ。しかし、なぜ、“今”、彼がこうも穏やか
な、いつもの表情を見せていられるのか? そればかりがどうしても麻木には
わからない。自分の知人ばかり四人も立て続けに惨殺され、しかも犯人が逮捕
されていない、この現状にいながら。
 第一の死体が発見され、事件が発覚したのは六月二十八日。まるでその前日
までしか知らないように平然としている楓が麻木には不思議でならなかった。
何も知らないのではないか。
今でも、うっかりそう思うことがある。それほどまでに楓は落ち着いていて、
その表情に暗いものは感じられなかった。
「すぐ出なくちゃダメかな」
楓は唐突にそう尋ねた。父親が訪ねて来た理由を聞こうともしない。わかって
いてそれに応じるつもりなのか、それともはぐらかすつもりで聞かないのか。
それすら麻木にはわからなかった。
厄介だ。
そう思う。
「何の撮影なんですか?」
田岡が興味ありげに尋ねる。
「雑誌のグラビアだよ。予定ではもう終わるはずなんだけれど、先生がいなく
なっちゃったからね」
楓は壁の時計に目をやった。
「六時半か。七時には終わるつもりだったけど、先生次第かな」
楓は苦笑いして玄関の方を見た。
「彼、気まぐれだから」
田岡にはそう聞いて思い当たることがあったらしい。
「じゃあ、さっきの色黒の感じの悪い人って、カメラマンの九鬼 渡?」
「そう。ちなみに九鬼とは小学校の時からの知り合いだけれど、未だによくは
わからない」
冗談めかした口調でそう言いながら楓はもう一度、時計を見やった。やはり、
時間は気にかかっているらしい。
「あの、オレ、そこら辺を捜して来ます」
楓について出て来ていた若い男が早口にそう、口を挟んで来た。どうやら彼が
九鬼に楓を呼びに行かされた当人らしい。未だ助手とも名乗れない立場だろう
彼にとっては自分の雇い主が麻木 楓を待たせたまま、席を立っていることは
大層な心労なのだろう。
「いいよ。待つから」
「でも、際限なく帰って来ないことがあるって先輩達も言っていたし」
「知ってる。前回は突然、ふらっとプールに行っちゃって二時間戻らなかった
し、前々回は煙草買って来るって出て行って実家に帰っちゃってたんだよね」
楓は苦にしたふうもなく、むしろ面白がっているらしい。
「先輩達と手分けして捜しますから。そうすればすぐですよ」
「いいよ。外は寒いんだから必要ないことはしなくていい」
「でも麻木さん、お忙しいのに申しわけないです」

 

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