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「じゃあ、おやじさんの奥さんって凄い美人だったんすね」
麻木は田岡の声に我に返る。どうやら、麻木が瞑想している間も、似ていない
親子の謎を解明すべく、頑張っていたらしい。
「まあ、な」
「そうだよな」
田岡は合点が行ったと言うように一人、こくこくと大袈裟に頷く。
「そりゃ、そうか。おやじさんの遺伝子が半分混じっていても、あんなに綺麗
な人が生まれるんだもん、奥さんがよっぽど綺麗だったってことなんだよな」
混じる? 
本人を前によくも不純物呼ばわり出来るものだ。しかし、それでも田岡は未だ
言い足りないようだった。
「だけど、おやじさんがよくそんな美人と、しかも結婚なんか出来たもんすよ
ね。普通は有り得ないっしょ、そんな取り合わせ。何か、弱みでも掴んだんす
か?」
「おまえ」
さすがに絶句する麻木を田岡はニヤニヤと薄笑いを浮かべ観察している。口が
過ぎたとへこたれもしない。
「子供じゃないんだ。そろそろ恨みを買わない程度で収める習慣を身に付けろ
よ」
「何言ってんだか。オレ、おやじさんには遠慮してますよ。年寄り相手なんだ
から。だけど、遠慮しておいてよかったな。あやうく楓さんに嫌われるところ
だった。ギリギリセーフだったな」
「参考までに聞いておくが。遠慮しなけりゃ、おまえ、どこまで言うんだ?」
「刺される、ちょっと前くらいまで」
呆れてものも言えない。だが、事実は告げておく必要があるだろう。
「言っておくが、オレは彼女に無理強いして結婚したわけじゃないぞ」
田岡はニヤリと笑って見せた。
「知っていますよ、そんなこと。女、脅かしてどうにか出来るほど器用なら、
もう少しくらいは出世しますもんね」
どうやら田岡は麻木をからかって楽しんでいるらしい。
子供のくせに。
そう思いながら麻木は言い返せずにただ、ため息を吐く。年齢で人の立場や、
力関係は計れない。
オレが父親のくせに楓を扱えないのと同じことだな。

  
 車は暗く冷えた夜の繁華街を突っ切り、その外れにある一軒の店に向かって
いる。麻木はその店の女主人を思い浮かべながら、自分はまたしても楓に巧く
はぐらかされたのではないかと疑っていた。幼なじみのまち子の店で一刑事に
徹し、一刑事として振る舞うことが出来るだろうか? 田岡も一緒にまち子の
店に行く。きっと楽しい食事になるだろう。田岡の嬉しそうな顔を見るのも、
嫌いではない。だが、それでは本来の目的は叶わなかったことになる。今日、
楓の仕事先にまで出向いたのは、刑事と四人の被害者達の共通の知人という、
シビアな立場で向かい合いたかったからだ。
それなのに。
結局、オレは楓の、会えて嬉しいって、あの笑顔に惑わされてしまった。
どうして、オレはあの時、プロに徹することが出来なかったんだろう? 
なぜ、あの場で、ここで事情を話せと強く言えなかったんだろう? 
我が子が可愛いなんてこと、人生の内の、ほんの数時間だけ忘れたって、罰は
当たらないのに。

 麻木は重い気持ちのまま、車の外を流れ去るネオンの洪水を見やった。冬の
ネオンは目まで凍らせる。例え、その色が赤でも黄でもオレンジであっても、
決して暖かくは見えない。第一、あれは客の財布を呼び寄せようと画策する、
商魂の輝きに過ぎないのだ。
そんなものに虫みたく呼び集められてたまるか。
だが、ポスターの中の商品としての楓はそんなネオンと変わらない。よからぬ
虫にびっしりと集られ、身動きの取れない輝きなのだと思うと、麻木は切なく
いたたまれなかった。
だが。
楓は本当にかわいそうなだけの身に過ぎないのだろうか? 立て続けに四人の
知人を惨殺された楓。その境遇を気の毒に思う気持ちはある。しかし、麻木の
中には何も話そうとしない息子への猜疑の念も生まれ始めていた。
なぜ、何も話そうとしないんだ? 
それは我が子に抱く、初めての疑いだった。 

 

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