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 楓の暮らすマンションは大通りから住宅街の方へ道一本、入った所にあり、
やや小ぶりだが静かで、洒落たものだった。しかし、それはその外観から想像
もさせない特徴を持ち併せていて、麻木には到底、住む気になれない代物でも
あった。
何しろ面倒臭いんだ。 
まず、正面玄関の自動ドアを通過する。するとホールと呼ぶには手狭な空間へ
出るのだが、そこから先が鬱陶しかった。エレベーターの入り口はすぐそこに
見えるのに手前に大きな透明のドアが立ち塞がり、その両側に守衛室があって
住人さえ守衛に一々、ドアの鍵を開けてもらわなければエレベーターには辿り
着けない仕組みなのだ。念の入ったことに個人に宛てて届く郵便物までも守衛
達が管理し、電話すら直接、個人宅には繋がらない。まず、彼らが取り、確認
後、おもむろに住人へと繋ぐのだ。
 正直、こんなおかしな所に住む人間の気が知れない。だが、それでも今夜は
住人である楓が一緒なのだからと高を括っていた麻木だが、彼らがニコニコと
笑いながら通したのは楓一人だった。守衛達は楓だけを通し、そそくさと鍵を
掛け直したのだ。そして以前、楓が入居する際に提出した麻木の、住人が認知
した通過許可証と麻木の提出した身分証明用の書類とを引き出し、それと麻木
とを念入りに見比べ、更に楓が頷くのを見て、ようやく再び鍵を開け、麻木を
通したのだ。
まどろっこしい。
ほとんど嫌がらせじゃないか。
そんな周到ぶりなのだ。第三者の田岡を簡単に通すはずはなく、うんざりする
ほど手間取った後、ようやく田岡は一枚のドアを通り抜けることが出来た。
「はぁ。警察手帳が通じないドアがあるなんて衝撃だな。身元の保証にだけは
威力があるもんだって信じていたのに」
楓は苦笑いして返す。
「ごめんね。ここのオーナーって相当、警察が嫌いならしいから。犯人を逮捕
してくれなかったから恨んでいるって、前の管理人が言っていたよ」
田岡はすんなり頷いた。
「ああ、そりゃ仕方ないっすね。検挙率は百パーじゃないっすからね。未解決
事件の被害者とか関係者だったら、とても納得出来ないことっしょ。そりゃ、
警察関係者なんかとはお友達になりたくないし、そこに手帳なんか、見せても
効果ないっすよね」
田岡は未解決事件の被害者には厚意を抱いているのだろうか。何とはなく釈然
としないものが麻木の胸に湧いて出る。普段は何でも仕方がないことだと言い
切る男なのだ、その同情は意外なものとも思えた。
まぁ、どうでもいいことか。
 時間はかかったが、どうにかエレベーターの前に三人揃い、楓は自室の鍵を
差し出した。こんな所で鍵を渡される意味がわからず、麻木は聞き返す。
「何だ?」
「先に入ってて」
「おまえは?」
「階段を使うから」
すかさず田岡が口を挟む。
「それって、まさか走って上がるってことっすか?」
「ううん。歩くって程度」
「歩くって、ちなみに何階まで?」
「五階まで」
「ひえーっ」

 

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