田岡は涙を流しながら、とうとうむせって苦しがり始めた。自分でも笑うのを 止めたいのだろうが、もう自力では止められないようだ。まるで発作のような 苦しみように、さすがのまち子も心配そうな顔に変わっていた。 「あなた、大丈夫?」 田岡は頷いて見せたが、その様子に回復の兆しは見えない。大層な苦しみよう だった。 「ちょっと待ってて。お水を持って来るからね」 まち子が駆け出して行った後で、ようやく田岡は落ち着きを取り戻し、涙を 拭った。 「どうもすみません。馬鹿受けしちゃって」 掠れた声で詫びながら、だが、田岡は実際、大して気にもしていなかったこと だろう。ただ、面白い話に笑いが止まらなかった、それだけのことだと思って いたはずだ。しかし、ふと目前の父子二人の静まり返った様子を見て、初めて 気まずさを覚えたようだった。田岡は急いで座り直したのだ。 「すみません。本当に失礼しました」 そう言ってぺこりと頭を下げた。 「別に怒ってやしないさ。笑い話に笑うのは当たり前のことだからな」 ただ。 話の出所に気を取られていただけだ。そう答えながら、麻木は何とはなく楓の 方を見た。気付いてみれば、しばらく前から楓は一言も話していない。あまり にも無表情で出来の良い作り物のような顔だから、麻木すら一瞥したくらいで は彼が怒っているのか、それとも単に聞いていなかっただけなのか、その判別 がつかなかった。じっと見つめてみた。だが、それでも、やはりわからない。 どちらだろうと考えている間に麻木には一つ思い当たることがあった。 そうだ。 オレは、こいつの怒った顔を見たことがないんだ。 比べてみるべき前例、記憶がないからこそ、一向に判断がつかないのだ。 「楓さんも気を悪くされたんじゃ?」 「怒るほどのことじゃないでしょ」 楓はちょうど左足首から細い金のチェーンを外すために俯いていて、他のこと には関心がなさげだった。その鎖を胸元まで持ち上げて、楓は慣れた手付きで 自分の首の後ろでクラスプを留めようとしている。仕事中は何一つ身に付けて いないから、熱心なファンである田岡にも意外な光景だったのだろう。田岡は 恍惚とその様子を眺めていたが、すぐに鎖に付けられた小さなチャームに目を 留めた。 「変わった人形っすね。赤ちゃんなんだ。天使じゃなくて、オムツをした赤ん 坊なんすね」 水を持ったまち子が場に戻り、田岡はグラスを受け取りながら続けた。 「珍しいっすよね、赤ちゃんのチャームだなんて」 「お母さんの形見なんだって。ずうっと付けているわよね、楓ちゃんは」 楓はまち子の話には乗って来なかった。何も聞いていなかったように麻木を 見やり、口を開く。 「お父さんと一緒だから土田さん、帰らせちゃったんだ。だから、お父さん、 送ってくれる? タクシーに乗るのって億劫で」 ペンダントをセーターの中にしまい込み、楓は母親の話はしなかった。 |