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大袈裟な奇声を上げて、田岡は身を捩らせる。
「大金持ちっすねぇ。でも、それって相当、ヤバイことして儲けてるってこと
なんじゃないんっすか?」
「そうかもな。だから前の管理人は絶対に六階の住人の顔を見ようなんて思う
なって、そんな脅しめいたことを言っていたよ」
「へえ。でも」
田岡は不満そうに唇を尖らせた。
「入居者の来客にまであーだ、こーだ細かく嫌がらせするくせに管理人が入居
者のプライバシーをペラペラ喋っていいんすかね」
「良くはないんだろう。とっくにクビになっているからな」
「当然っすね」 
二人は改めて六階へ続く階段へと目をやった。侵入者を拒む錬鉄製の門扉には
鉄の花が三輪あしらわれ、その柵の向こうに花台が一つ置かれている。まるで
挿絵のような美しいショットだが、その花台の上には何もない。以前、麻木が
訪れた時には大抵、染め付けの美しい花瓶が載せられていたのだが、この頃、
そこに花瓶を見ることはなくなっていた。
なぜだろう?
妙に気にかかる花台だった。そして、そんな寂しげな小さな門の隣に四角く、
ぽっかりと口を開けたように見える階段の上がり口があり、そこからふいに、
ぴょん、とばかりに楓は飛び出して来た。彼はまず、慣れた習慣のように柵の
向こうに目をやり、それから父親と田岡に顔を向けた。
「入っていればよかったのに」
心もち息が上がっている分だけ、楓は快活で健康そうに見えた。むろん、造作
は整っている。だが、残念なことに楓は顔色が冴えなかった。
悪くはないんだが。
まるで乾いた木仏のような、そんな滑らかさはあるものの、父親を安心させて
くれるような血色ではないのだ。
普段はピーナッツみたいだからな。
麻木は胸の内でぼやいてみる。所詮、贅沢というものだ。無事ならいい。そう
一人ごちた。
「足、早いっすね」
「そうでもないよ。このエレベーター、すっごく遅いからね」
楓は麻木の手から鍵を受け取り、自分の部屋へと向かっていた。その後ろ姿を
見ながら、麻木はボンヤリと考えていた。きっと田岡は楓の部屋を見て、さぞ
驚くのだろうと。

 

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