洗面所へと消えた楓の心中はわからない。だが、他にすることもなかった。 麻木と田岡は妥当にリビングルームへと進むことにした。麻木がドアを開ける なり、やはり、後ろで田岡が喚くことになった。 「うぅわぁ。こりゃ、すっげえ。クレイジー入ってるわ」 ファンである田岡までそう言うのだ。間違いないだろう。空間を効率良く埋め 尽くした観葉植物は気味が悪くなるほどの量感を誇り、まるで緑色の異生物の 群れに呑み込まれるような、そんな錯覚すら覚える。植木と言えどもここまで 大量に並べられては、所有者の頭の具合を疑いたくなるような有り様だった。 「おやじさん」 「何だ?」 「楓さんって、すっごく成績、良かったっしょ?」 「4が一つ、あったな」 「あとは、5?」 麻木は頷いた。その教師と楓とはそりが合わなかった。例のペンダントを外せ と言う教師と拒む楓、その争いの結果と言えるだろう。実質、楓の成績は全て 5だったはずだ。 「じゃ、やっぱり、いわゆる紙一重ってやつっすね、こりゃ」 本来、二十畳は軽々と越える広いリビングルームであるにも関わらず、夥しい 植木鉢に占拠され、とてもそんな広さは感じられない。家具と言えば、ガラス の天板が載ったテーブルと二つ三つの椅子くらいで、これでは誰のための専有 面積なのか、さっぱりわからなかった。 「趣味の園芸なんて域じゃないすっよね。凄すぎて、何て形容していいやら。 言葉を失うなんっつこと、日常でも本当にあるんすね」 「あいつは年期の入った植木おたくだからな。家の狭い庭だって酸素の供給量 は大したもんだろう」 「これだけあると、夜なんか息苦しくないのかな」 「寝室には置いていないから大丈夫だよ」 楓はキッチンでコーヒーメーカーをセットして来たのだろう。彼の後ろから 良い匂いが付いて来る。 「ちょっと待ってね」 「ああ、お気遣いなく」 楓は安穏とした笑みを浮かべていて、先程の暗さは消えていた。 「具合はいいんすか?」 「うん。別に病気じゃないし。時々、あることだから」 「時々?」 麻木が聞き咎めると一瞬、ばつの悪そうな表情を浮かべた後、楓は作り笑いの ような笑みへ表情を改めた。 「何となく、だけど。頭の回りがざわざわ煩いような、頭が痺れるような変な 感じがすることがあるってだけ。大したことじゃないよ」 「大したことじゃないなんて、何で素人にわかる? 病気の予兆かも知れない じゃないか?」 「そう? だって、こんなの、子供の頃は」 そこまで言って楓は口を噤み、言い直す。 「子供じゃないんだから大丈夫だよ」 「おかしいぞ。まち子の店でも、おまえ___」 「コーヒー、取って来る」 「おい」 止めようとする麻木を田岡が制した。 「かわいそうっすよ」 「かわいそう?」 |