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 田岡は気恥ずかしそうな照れ笑いを返す。どうやら可愛らしい一面も持って
いるらしい。だが、それは普段の田岡からは想像も出来ない従順さとも言える
のではないか? その様子を見るにつれ、麻木は段々、腹が立って来た。楓の
平素通りののんきぶりも、田岡の日常からは考えつかないしおらしさも不愉快
だと思う。このまま放っておけば、二人のくだらないよた話は小一時間は続く
ことだろう。だが、麻木にはもう一分とて、こんな無意味なくせに、和やかな
団欒は耐えられなかった。
オレには見える。
麻木は独りごちる。
はっきり、見えるんだ。今、こうして何でもなく眺めているはずのあちこちに
まで、あいつらのあの姿が。
観葉植物の葉陰にまであの四つの、無残な惨殺体が順番に浮かび上がり、麻木
をおののかせ、警笛を鳴らす。彼ら、被害者達は皆、生前、楓の知人であり、
関係者だった。そして、認めたくはないが、いずれもが楓に対して並々ならぬ
関心を抱いていた。麻木は楓の父親なのだ。その手の感情は認めたくないし、
生涯、許すことも出来ないだろう。しかし、彼らが楓に向けて、異常なまでの
関心を持ち、愛情を抱いていたことは紛れもない事実だった。彼らはその感情
を隠さなかったし、実際、何かしらの行動を起こしてもいたのだ。到底、看過
出来ない事実として、見つめざるを得なかった。
おぞましいことだがな。
麻木は重い息を吐いた。

 第一の被害者、青田 豊は楓のデビュー間もない頃のスタイリストだった。
過度に楓に傾倒し、執着する青田の言動を見て、先々に不安を覚えた事務所が
いち早く彼を切り捨てた。
効果は薄かったがな。
遠ざけられた青田はしかし、諦めなかった。楓の行く先、その全ての電話番号
を入手し、事務所に、レコーディングスタジオに、その時々、日々の撮影現場
に、とにかく楓のいるそのどこかに電話を掛け続けた。その執着は通話記録と
なって残っている。そして、そんな度を超した執心に閉口した事務所が三年前
に楓をこの偏屈な、ガードの堅いマンションに隠したのだ。
 結局、父親ですら会いに行くのも、電話を掛けることさえ億劫になるほどの
鬱陶しい仕組みこそが楓にとっては安住への第一歩だった。何しろ、楓が一つ
所に三年も住むなどとは以前は考えもしないことだった。ここに落ち着くまで
楓は年に二度引っ越し、電話番号は三度も替えた。彼はそうする、或いはそう
しなければならない理由を口にしなかったし、麻木も聞かなかった。頭の良い
楓のことだからと大して心配する必要も感じなかったし、何より、まさか男に
追い回されて困り果てているなどとは想像もしなかった。
こんなことなら。
麻木は悔しさのあまり、歯噛みする。
何でも、しつこく根掘り葉掘り聞いておけばよかった。
任せっぱなしで放置したのは間違いであり、明らかに自分のミスだった。青田
の遺品、それを思い出しただけでも麻木は総毛立つのだ。

 青田の死体が所持していたポーチの中。小さなアルバムには楓の写真ばかり
が十六枚、収められていた。四角い紙の檻に閉じ込められた息子の笑顔を見た
時、麻木の胸を過ぎったのは不吉そのものだった。
いや。
違う。
本当は死体発見現場に急行するあの時、既に自分には予感があったのかも知れ
ない。そう思う。
だって。
その公園は麻木が幼い楓を遊ばせた思い出の場所だったのだ。
だったら。
きっと。
偶然ではないはずだ。 
そう確信する。
犯人は楓を知っている。それも田岡のようなファンクラブのレベルではない。
肉親に近い深さまで知っていて、その上でわざわざ楓の思い出の場所に死体を
捨てた。それも、楓のよく知った人間を選び出して。
だったら、犯人は。
お父さん。
聞き慣れた声だと思った。麻木は息子が自分を呼ぶ声がまるではるか遠くから
聞こえたような気がして、急いで顔を上げた。

 

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