親子は上手くいっているはずだった。忙しい中、楓は頻繁に帰宅して麻木に 顔を見せてくれたし、細々としたことまで気遣ってくれた。それは彼の優しい 性格そのままの行為なのだと麻木は信じていたし、疑うこともなかった。だが 今は違う。四人もの知人が立て続けに惨殺され、犯人は不明のままであるこの 状態で平然と笑っていられる息子の神経は尋常ではないのではないか? もしかしたら。 もしかしたら、自分に全く似ていない息子の整った容姿や、誰からも好かれる のどかな性格に、ずば抜けた記憶力に父親でありながら圧倒されて、どこかで 自分は萎縮していたのではないか? その結果、気後れし、我知らず遠慮して その日常に干渉することが出来なかっただけなのではないか? その上、オレは自力で気付くことも出来なかった。 あんなおぞましい連続殺人事件に、自分の家の、それも親子の関係について、 気付かされるなんて。 麻木は悔しくてたまらなかった。不甲斐ない、そう思う。 「ちょっと待ってて。入れ直して来るからね」 席を立とうとする楓の左手首を麻木は咄嗟に掴んだ。抱いた疑問は今、即座に 解消しなければ手遅れになるやも知れない。 四の五の言っている場合じゃないんだ。 「どうしたの?」 いくらか驚いたような顔で楓が尋ねる。麻木は何で自分が三十六歳にもなった 息子を未だに可愛いと、それも本気で思うのか、考えてみたことがある。 この声だ。 濁りがなくやや細い、優しい声。苦労など知らないようなあどけなさが声には 未だ残っている。この声が曲者で悪戯するから、静かで大人びた顔形の印象は 変質し、奇妙なくらい目立たなくなるのだ。そして、その柔らかな声のために 楓は一人では生きていられない人間に見えるのかも知れなかった。まるで箱に 入れさえすれば自由に持ち帰れるかのような。 麻木は楓のそんな子供のようなあまやかさが嫌いだった。その甘い匂いこそ “害虫”を呼び寄せる要因となるのだから。 もう少し、もう少しだけでいいんだ。いっそ、小汚い大人になってくれ。誰も 寄りついて来ないような奴に成り下がってくれれば。 ふと、自分が掴んだ楓の手首を見下ろし、麻木はますます苛立ちを募らせる。 細長い人形の物のような指が並んだひんやりとした手。それは第二の被害者、 佐野の部屋に置かれていた人形のそれとそっくりだった。 佐野 彰。三年半前まで楓を担当したヘアメイクアップアーティスト。彼の 自室に並べられた二十四体の人形を思い出し、麻木は改めてぞっとする。 嫌だ、嫌だ。 本当に嫌な冗談だ。 その部屋の持つ気味悪さは死体のそれとは全く異なっていた。刑事である麻木 達すら、見慣れない異質にたじろがなければならなかった。 例えて言うなら。 一キログラム分のウジ虫と一緒に入浴するような。 虫嫌いの麻木にとっては想像を絶する恐怖だったとも言える。 他人の、惨殺死体なんぞ、めじゃなかったさ。 佐野の部屋に並んだ、誰を模したか一目でわかる人形の群れ。それらは一人の 人間を忠実に真似て、新たな価値を持っていた。もの言わぬそれらの人形達の 目線の先、ソファに座って佐野が何を企んでいたのか、彼が死んだ今となって は知る由もない。 だが、断じてまともなことじゃない。 あれだけ似た人形を作るためには佐野は相当、熱っぽくあらゆる角度から楓を 見つめ続けたはずだ。そしてそんな執拗で、湿った自分を見つめる眼差しに楓 が気付かなかったはずはない。 あいつは利口なんだから。 それなのに。 どうして、もっと早くオレに相談しなかった? 「お父さん、どうかしたの?」 楓は自分の手首を掴んだまま、身動き一つしない父親を不安げに見ている。 父親の苛立ちが理解出来ないような、幾らか不安げな、しかし、柔らかな目。 だが、その頭の中は違うことを考えているのかも知れない。 だって、こいつは利口だ。オレとは比較にならないくらいに。 |