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 楓は何だって先読みし、いち早く手を打って来た。実家の屋根の修復や風呂
場の改修工事さえ、楓が必要と判断し、業者に頼んだ。そこで暮らす当事者で
ある麻木が気付き、心配し始める頃にはとっくに楓は行動に出ていて、結果を
出していたのだ。日頃、住んでもいない実家のメンテナンスにまで気が回る男
が自分の身近に潜む変質者に気付かないはずがなかった。
何でも、よく見ているんだから、こいつは。
「おまえ、心当たりがあるんだな?」
「何の話?」
楓は普段と変わらない調子で聞き返す。
「とぼけるなッ」
麻木の怒声に驚いたように顔をこわばらせ、それから楓はゆっくりと瞬いた。
「ああ」
ようやく父親の言いたいことがわかったように楓は頷いた。
「またその話?」
うんざりだと言いたげに楓はため息を吐く。
「お父さんって仕事の話はしない主義だったでしょ?」
「それとこれとは話が違う。他人のことじゃない。四人共、おまえの知り合い
なんだ。無関係じゃない。おまえは当事者なんだぞ」
「当事者? 何で? 僕が殺したわけでも、誰かに殺して貰ったわけでもない
のに? 何で関係あるの?」
楓は早口に半ば叫きながら麻木の手を振り解いた。
「僕には関係ない」
「本気で言っているのか?」
麻木は強く念押ししながら、そのくせビクリと背筋を震わせていた。ふいに楓
の表情が一変したのだ。麻木は息子の目がキュッと吊り上がるのを見た。三十
六年目にして初めて、楓は父親に対して感情的な目を見せたのかも知れない。
その嘗てない変化に麻木は思わず、息を呑む。怒気で濡れたように光る楓の目
は異様なほど澄んで美しく、うっかりすると飲み込まれてしまいそうだった。
今日まで息子の目がこうまで美しいものとは知らなかった。気圧される。そう
思った。しかし、麻木とてここで引くわけにはいかない。楓を守りたいのだ。
だからこそ、今すぐ手掛かりを得たい。何か、一欠けらでも入手したい。その
一心は揺るがなかった。
ああ。
刹那、麻木は気付いた。楓は穏やかだと思い込み、彼の静けさに慣れきって、
いつしか麻木自身、無意識に楓の感情を乱すことを恐れ、避けるようになって
いたのではないか、と。そして今になって、ようやく麻木は我が子と向き合う
覚悟を持ったのかも知れなかった。
遅ればせながら、な。だが、まだ間に合う。手遅れじゃない。
「そんな話、聞きたくないし、口にしたくもない」
愛想の良い笑みを捨てた楓の気の強そうな目に怯むわけにはいかなかった。

 考えてみる。人一倍、頭の切れる楓が自分の周辺で起きていただろう異変に
気付かなかったはずはない。当然、何かに気付き、何かを知っていて、刑事で
ある父親にすら話そうともしなかった。
なぜだ?
普通、早く解決して欲しいと思わないか? 
率先して協力しようと思わないものか?
楓の心理が麻木にはわからない。わざわざ警察にまで出向かなければならない
わけでも、見知らぬ他人の話をするわけでもない。頻繁に帰宅する実家で、父
親に知人の話をすればいい、それだけのことなのだ。それなのになぜ、楓は一
言でも気付いたことを伝えようとしないのか。思い付き一つでも十分、捜査の
役に立つやも知れないのに。考えを巡らせる内、ふと、閃くものがあった。
有り得ないことじゃない。
そう思う。
「おまえ、もしかして、犯人に心当たりがあるんじゃないのか?」
麻木は低く声を抑え、尋ねた。怒鳴っては楓を攻撃的にしかねない。それに、
まず麻木自身が冷静でいなくてはならなかった。
そうだ、オレこそ冷静でいなくてはならないんだ。
息子が自分より利口だと承知した上で対処しなくてはならない。麻木が感情的
になれば、利口な楓は麻木以上に怒ったふりをして結局、何一つ答えずに話を
終わらせてしまうかも知れない。そうすることは利口な彼には簡単なことなの
だ。
「知るわけないでしょ。警察だってわからないものを」

 

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