back

menu

next

 

 我が子の言葉なら、耳にするまま全てを信じてやりたい。しかし、本当に楓
は何も知らないのだろうか?
もし、知らなかったら。
麻木は考える。
もし、本当に何も知らなかったら。その場合、誰でも四六時中、姿の見えない
犯人に警戒し、怯えるものなのではないか。自分を取り巻く者達、全ての行動
が怪しく見える、全ての言葉が疑わしく聞こえ、疑心暗鬼に苦しむものなので
はないか。
普通、そうだろ? 
ならば。
逆説的に捉えるなら、犯人を知ってさえいれば、見当が付いていさえすれば、
一日中、怯える必要はない。その人間がいる時だけ警戒すればいいのだ。麻木
は自分の閃きに身震いした。それでは楓は犯人を知っていて、その上で知らぬ
顔を決め込んでいることになる。そしてそんなことをする、或いはしなければ
ならない理由は一つしか有り得ない。
「おまえ、まさか。まさか、誰かを庇っているんじゃないだろうな」
「庇う? ふ、ん」
楓はふてぶてしくさえ見える薄っぺらな冷笑で、父親をたじろがせた。
「何で僕が犯人を隠匿しなくちゃならないの? お父さんでしょ? 悪いこと
だけはするなって言ったのは。それだけは何回も繰り返して言ったよね。それ
なのに、どうして僕が隠匿なんてすると思うの?」
麻木は自分の言動を思い返し、すぐには切り返せなかった。確かに麻木は自分
が刑事である以上、絶対に身内から犯罪者を出すわけにはいかないと幼い楓に
も繰り返し繰り返し言い含めて来た。そんなことだけはあってはならないのだ
と言い続けて来た。職として刑事を選んだ以上、社会的道義は生じる、それを
忘れてはならない。そして、その財布で食っているからにはそれは当然、家族
にも及ぶのだと。
「確かに。だが、オレはおまえが悪いことをしたと責めているわけじゃない。
もし、おまえに今、犯人に心当たりがあるんだとしたら、もし、それがおまえ
の知人だとしたら、さぞかし言い辛いことだろう。それくらいは理解している
つもりだ」
舌先にばつの悪さを覚える。その苦味に怯みそうにもなる。だが、どうしても
今は喋り続けなければならなかった。
「だから、もし、おまえが躊躇していたとしても、それはごく普通のことで」
「じゃ、僕は普通じゃないんだな」
楓はあっさりと言い捨てた。
「言っておくけど、僕は他人のために自分が罪に問われるようなことはしない
よ。馬鹿馬鹿しい」
しらとした様子で楓は立っている。その冷淡さに麻木は一つ思い出していた。
そう言えば、楓は大学時代、法律を専攻していた。今、所属する事務所のあの
社長に出会わなければ、今頃、楓は従兄と同じように法界にいたはずなのだ。
そうすれば。
こんな事件に巻き込まれずに済んだのに。
少なくとも陰湿な変質者共に目を付けられる可能性は皆無だった。
あの男に出会わなければ、歌手にならなければ。

 麻木は今更、どう悔やんでも仕方のないことを悔やむ。息子が歌手になると
宣言し、実現するまでにはほんの短い時間しかかからなかった。引き止める間
もなかったし、実際、麻木は止めもしなかった。土台、簡単に実現の出来る夢
ではないと考えていたからだ。
甘く見ていたのかも知れない。オレにはこいつの度量を見切れていなかった。
その悔いを込め、麻木は改めて楓を見据える。
「今、おまえが不審に思っていることを教えてくれ。どんな小さなことでも、
些細なことでもいい。きっかけが欲しいんだ。そうだ。おまえ、失踪する直前
の豪田に会っているな。その時、どんな話をしたのか、そんなことでいいんだ
から」
「本当に、そんな話が聞きたいの?」

 

back

menu

next