back

menu

next

 

 まち子に案内され、奥まった座敷に上がり込む。
「コタツだぁ」
田岡が大声を上げたのに驚いて、麻木とまち子は顔を見合わせた。
「コタツが珍しいの?」
「オレ、妹と二人暮らしだから。女の荷物って大量でしょ。妹が転がり込んで
来た時に場所を取る物は全部、処分したんすよ。コタツなんて真っ先っすね。
とても部屋に入りきれないから」
「マンションなんだ」
「ええ」
「あたしも一度、マンション暮らししてみたかったわ」
「いい所はいいらしいけど、うちなんて安物だから悲惨すよ。湿気が酷くて、
カビとの戦い。家は木造に限りますよ」
「そうなんだ。眺めが良さそう、なんて甘い考えなのね」
「ま、ピンキリっすよね」
「そりゃそうだ。で、とりあえず、ビールとおでんの盛り合わせなんかでいい
のかしら?」
「オレはいいっすよ。ビールしか飲めないし。おやじさんは?」
「いいのよ、この人は何でも。心ここにあらず、なんだから。旦那、あたしと
田岡さんの話なんて聞いちゃいなかったでしょ。大体、口に入る物なら何でも
美味しく食べられる体質だしね」
「おい、人をごみ箱みたいに言うなよ」
まち子はふふんと鼻先で笑い返す。
「楓ちゃんが来るまで大人しくおでんでも食べてなさいな」
「楓が来るなんて一言も言っていないが?」
「あら、さっき御本人に電話を貰ったわよ。だからこうして座敷なんじゃない
の? うちは繁盛しているんだからね。簡単には座れません、要予約よ」
さすがに楓はしっかりしている。感心している麻木の心中を見て取ったように
まち子は意味ありげな笑みを麻木に送ると、フロアーへ戻って行った。
「綺麗なおばさんっているもんなんだな」
 まち子が去るなり、田岡がしみじみと呟く。二十代半ばの田岡から見れば、
さすがのまち子もおばさんなのだ。母親の方が若いぐらいだろうから、当然と
言えば当然なのだが、麻木は奇妙な感慨を覚えた。
まち子がおばさんだとは。
だが。そうだな。年月はきっちりと流れているんだ、仕方がないよな。
麻木にとってだけ、まち子はいつまでも歳を取らない存在であるに過ぎないの
だ。

 

back

menu

next