年月は誰の身の上にも平等に流れているはずだ。だが、現前としてまち子は 麻木にとって今でも子供のような女だった。隣家の少女。麻木が結婚のために 生家を離れるその日まで、まち子は麻木の日常の一部だった。ニコニコとよく 笑い、四六時中、喋り続ける快活な少女の残像が麻木の古い記憶のそこかしこ に未だ、しっかりと残っている。 無論、そんな都合のいいことばかりとは言えないが。 それでも麻木は裸足で部屋に駆け上がって来る無邪気な子供の姿だけを覚えて いたかった。 「仲がいいんですね」 唐突に田岡が言った。運ばれて来たおでんを大人しく食べている間中、田岡は 麻木とまち子の間柄を推察し続けていたのだろうか。 「おやじさんの仏頂面、怖がらない女の人って初めて見た」 「あいつは度胸がいいのさ」 「ああ、見慣れているんすか」 田岡は、ぱくりと卵に噛み付く。 「でも、慣れって怖いっすよね。オレ、最初におやじさんに会った時、鬼だと 思ったもん。すっごいしかめっ面でさ。マジィ?って思った」 「嫌なら他の奴と組めって言っているじゃないか?」 「お断りっすね。今更、面倒なだけだもの」 田岡は麻木の顔を見ようとはせず、おでんの具をつついては中身を検討し、 ぶつぶつと呟いていたが、ふいに初めて個人的なことを話し始めた。 「オレの両親って早くに離婚してましてね。オレは父親の顔って覚えてないん です。病気の妻を捨てて出て行くような奴だから、覚えていたって仕方がない けど、親戚のおばさん達の話を総括すると、どうやら愛想がいいタイプだった みたいで。話し好きで調子が良くて、いつもニコニコしてて、いい人に見えた って。だからオレがおやじさんに抵抗がないっていうのは結構、ファザコンの 裏返しなのかも知れないな」 自分を見つめる麻木の無言の視線にややあって、ようやく気付いたように田岡 は麻木を見つめ返し、すぐに何かをごまかすように微笑んだ。 「楓さんは未だですかね」 その楓が荘六に到着したのは三十分後のことだ。濃いグレイの薄手のセーター にもう少し薄いグレイのジーンズ。似た色のごわごわとした靴下。たったそれ だけのいでたちで、作り込んだおしゃれとは無縁の人間らしい。 「ごめんなさい、遅くなりました」 「とんでもないっすよぉ」 田岡は立ち上がって、嬉しそうにそう言った。 本当に嬉しそうだな、こいつ。 |