田岡は笑顔のまま、楓の勘繰りを否定する。 「そうじゃないっすよ。よく見てるなぁって感心しただけっす」 そう言った後、田岡は楓を気遣ったのか、更に付け加えた。 「直接、聞いてみればいいじゃないっすか? あ、そっか。やばい人だっけ、 六階の大金持ちさんは」 「悪い人じゃないよ」 「花を飾っているから、っすか。そんなの、あんましあてにならないっすよ。 お金払って、業者に頼んでいたってだけだろうし。それより楓さん、あんまり 細かいこと、いちいち気にしていたら禿げて、ファンが泣きますよ」 田岡の軽口に楓は小さな笑みを浮かべて返し、自分の明るい栗色の前髪を無造 作にすくい上げて見せた。 「こういう感じ?」 露わとなった楓の顔は意外なほど子供っぽい印象を与える。 「そうそう。悪くはないっすけど。でも、やっぱり、見慣れた髪型の方がいい っすね」 「そう? でも、歳を取るって結構、楽しみな現象の一つだよね。僕、禿げた って平気。お父さんに似て来そうで、案外、楽しみかも知れないな」 「縁起でもない」 田岡にピシャリと撥ね付けられ、楓は残念そうな顔になる。 「どうして? 皺っぽいところは似ているでしょ」 田岡はムッとした表情で楓を睨んだ。 「楓さんのは笑い皺。おやじさんのとは違います」 「そんなに怒らなくてもいいのに」 「あんたがつまらないことを言うから怒ってんでしょ。まさか、と思うけど、 本気でこんな顔になりたいわけじゃないっしょ?」 「まぁ、一度、似てるって言われてみたいだけだけど」 楓の返答に田岡はよほど驚いたのだろう。彼らしくもなくしばらくの間、目を 剥いたまま身動ぎもしなかった。 「本当にそんな姿になるくらいなら」 田岡はややあって、ようやく口を開く。だが、その顔は笑っていなかった。 「そんなことになる前に、いっそオレが殺しますよ。こんな綺麗な人を殺すの は忍びないけど、辛いことだけど、でも、みっともない姿に変わられっちまう よりはまだ、ずっとましだから。だって綺麗な内に死んでくれたら、オレ達は 永久に楓さんを好きでいられるから」 彼は真顔だった。 ゆっくりと話す田岡の押さえた声は本物だったと思う。そこには宣告めいた 殺意すら滲んでいたと麻木は思う。とても冗談で言っているとは思えない田岡 のその視線をまともに浴びて、楓はしかし、無表情のままじっとしているだけ だった。エレベーターの狭い空間いっぱいに立ちこもった重い空気のためなの か、田岡の言葉がさも本物のように聞こえて麻木はすぐには喋り出せなかった のだ。ただ、田岡がすぐにも大きな声で笑い出し、自分の言ったことは全て、 質の悪い冗談だったと言ってくれるだろう、そう予期し、いや、強く希望して みたが、田岡はそうは言わなかった。 「あんたは絶対におやじさんには似ませんよ。オレ達、ファンがそんなことを 望んじゃいないから。綺麗なあんたを好きになったんだ。いつまでも今のまま 綺麗でいて欲しいって皆、誰だって願っている。だって、そういう不特定多数 の人間の意志の力って効くって言うじゃないですか。だから、絶対、楓さんは 変わらない。ずっと今のまま、綺麗な、特別な人でいてくれるはずだ」 一ファンとしての言い分を言うだけ言って、すっきりしたのか田岡は平静を 取り戻したようだ。自分の目前で凍り付いたように暗く、動かない楓の様子に 気付くと、田岡は微笑んだ。 「そんなに凄んではいないつもりすっけど。でも、もしかしたら、言い過ぎた のかも知れない。謝ります。ごめんなさい。調子に乗りましたよね、オレ」 楓は動かなかった。 |