自分のミスが原因だと思うと生きた心地もしなかった。慌てて、ぐったりと した楓を抱え上げようとして、しかし、田岡の鋭い怒声に止められる。 「だめだ、おやじさん。触るな。頭、打っている。揺らしちゃ、まずいよ」 冷たい石造りの空間に突然、硬い靴音が響いて来る。どうやらモニターで見て いた連中が駆け付けて来たようだ。 「下がって」 「下がって下さい」 警備員の群れが手荒く田岡と麻木とをエレベーターから引きずり出す。彼らは 転倒した楓しか見ていなかった。はじき出され、茫然と立ち尽くす麻木に背後 から年配の男が声を掛けて来た。 「医務室がありますから。御心配なさらずに」 誰だろう。他の若い警備員達と同じ制服を着ているが、彼だけは麻木と同年代 だった。 その男は素早く玄関の方を振り仰いだ。 「真夜気様。真夜気様、診てあげて下さいませ」 そう叫んだ後、男は今度は私的な感情を込めた様子で麻木に微笑んで見せた。 「大丈夫ですよ。真夜気様はお医者様ですからね」 男は麻木を力付けるようにそう言ってくれた。一方の、頼まれた男の方は見る からに渋々やって来たというふうで、いかにも気乗りしないと言いたげだ。 それでも医師としての務めは果たす覚悟があるらしく、エレベーター内に進み 入り、倒れた楓の様子を窺った。 「大丈夫だ。命に別状はない。コブが出来たくらいのもんだ」 真夜気と呼ばれた男は田岡と変わらぬ年頃だが、傍に立ってみると、驚くほど 背が高かった。百七十七pの楓より、はるかに高い。ましてや小柄な田岡の隣 に立つと半ば、そびえてさえ、見えた。簡単な診断を終え、出て来た真夜気と すれ違う。ふと病院と同じ匂いがしたように思った。 そうか、医者の匂いか。 「そっと運べよ。黒永はいるんだろ?」 「はい」 黒い、真っ直ぐ肩まで一直線に伸びた髪と変わった名前を持つ彼の向こうで、 大柄な警備員が大切そうに楓を抱き上げる。息子の方へ行こうと足を踏み出す 麻木を手で制したのは真夜気だった。 「待った。平気ったって頭を打っている。一応の検査はさせる。それが済んで からにしてくれ」 「オレは父親だぞ」 「邪魔になることに変わりはない」 麻木にそう言いながら真夜気はふと、まるで呼ばれたように田岡を見やった。 田岡を見やる真夜気の視線はどこか通常と異なって、不思議なものだった。 人の顔を見ていると言うよりは、まるで水面の影でも見定めようとしているか のような、そんな印象を受ける、それ。田岡はと言えば、真夜気の不可思議な 視線にさらされて戸惑っている様子だが、しかし、彼らしくもなくおとなしく 我慢していた。 真夜気の小さいが、しっかりと強く光る目が何を見て、そして苦笑いしたの か、田岡本人にも、様子を窺っていた麻木にもまるでわからない。だが、この 束の間に真夜気には楓が倒れた理由すら、理解出来たように見えた。 そんなはず、ないのに。 「ねぇ、あんた」 「はい?」 「あんまりカァッとしない方がいいよ。殺気で呼び出されちまうオバケもいる からさ」 |