自分に似た誰かがどこかにいる。その事実を楓は楽しんでいるらしい。裏を 返すなら。もしかすると、この世界に楓を楽しませられる者はその誰か、一人 しかいないのではないか。麻木は小さな不安を感じつつも、一方で楓が自分に 似ていると感じられる人間がそれでも一人はいることに安堵する。 「もったいないすね、その人。せっかく楓さんとお友達になれそうなのに」 楓は曖昧にも見える笑みを見せただけで、それ以上は触れようとしなかった。 「るみさんに手紙のお礼を言っておいてね」 「あ、はい。大喜びしますよ、あいつ。それにしたって、丸覚えだなんて凄い っすよね」 どうしても、俄には信じ難い話らしい。 「最高級のキャディーさんだって、そこまでは記憶してないっしょ? 天才的 ってレベルなんじゃないすか?」 「そんなんじゃないよ。ねぇ」 楓は同意を求めて、のんきに父親を見やった。 本当に楓自身は自分の記憶力を大したものではないと思っている。今日まで 彼が自らの記憶力を自慢したことはなかった。だが、それは端から見れば十分 に特殊な代物だった。彼がその人並み外れた記憶力で覚えていないのは随分、 昔に自分が遭った事故のことくらいのものなのだ。 あれだけは覚えていないんだ、不思議なことに。 「じゃ、学生時代って、すっごい成績、良かったっしょ?」 「ううん」 楓は子供っぽい調子で、否定する。 「普通だった。丸ごと覚えるだけだからね。単なる特技ってだけで、頭がいい ってわけじゃない」 楓は何か思い出したらしく苦笑いを浮かべた。 「そう言えばね、やる気がないって一日に四回、職員室に呼び出されたことが あるよ。そんなこと言われても、ね」 「四科目で呼び出されたんだ」 「そう。翌日、五科目めも呼ばれた」 「それも凄いっすね」 田岡もさすがに絶句気味だが、楓相手ではいつもの皮肉や毒舌でからかうわけ にもいかないらしい。それを知っているのか、楓の方が自分で言った。 「テレビで見るだけにしておけばよかったでしょ?」 「いや、そういうわけでは。ちょっと意外だったけど」 そう口ごもって、田岡はすぐに早口で付け加えた。 「歌っている時と全然違うから驚いたけど、がっかりなんかしてないっすよ」 「ありがとう」 楓は穏やかに答えると、ようやく一向に進まない箸を少しは進める気になった ようだ。 おかしいな。 麻木は首を捻る。楓は健康のはずだが、段々に食べる量が減っている。それは ここでに限った話なのだが、なぜだか年々、楓の荘六で食べる量は目に見えて 減っている。それに合わせて口数も少なくなって行くようだった。 ここに来る度、楓は元気がなくなるようだ。 疲れているのだと別段、気にしていなかったが、こう元気が失われて行くよう なら、親子で食事をする店を他に選んだ方がいいのだろうか。 |