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まち子の言葉に楓は苦笑いを返す。
「まち子さん、僕の顔を見る度、そう言っているよ」
「そうかしら」
「そうだよ。大体、そんなに痩せ続けていたら僕、無くなっちゃうでしょ」
「あっ、そうか。氷じゃないんだしね」
「でも、まち子さんは変わらないね。もう十年くらいは歳なんか取っていない
んじゃない?」
まち子は機嫌良さそうに目尻を下げて笑った。
「まぁ、ま。赤ちゃんだった楓ちゃんのお口がこんなに上手くなるほど月日は
流れていたのね。あたしには何の断りもなく。うっかり、いいお歳になるはず
だわ」
「嫌だな、僕は本気で言っているのに」
不満そうな楓を見て、まち子は微笑む。
「わかっている。楓ちゃんは正直なのよね。だって、あたし、この通り、若い
もん。ピチピチよぉ」
「背負ってやがる」
麻木の小さな呟きをまち子は聞き逃さなかった。
「御陰様で凄く肩が凝るのよね」
「そうだろうな。さぞ、重い物でも背負っているんだろう」
まち子はフン、と鼻を鳴らした。
「旦那だけがいい爺さんになっちゃって、いい気味よ」
悪態吐いてそっぽを向くまち子に見ていた田岡の方が度肝を抜かれたようだ。
「まち子さんって凄い度胸っすね。おやじさんの仏頂面が怖くないんすか?」
田岡の大真面目な様子にまち子は吹き出した。
「あなたこそ、いい度胸よ。普通、一人息子の真ん前で聞けないわよ、そんな
こと」
「あ、そりゃ、そうすね」
「大体ね、旦那の顔はね」
まち子は愉快そうに笑っている。
「皺くちゃで無表情で、おまけに禿げ気味だから怖そうに見えるけど、大した
ことはないと思うのよね。子供の頃から知ってて見慣れているし。第一、本当
に悪い人はこんな怖い顔、していないものよ。それに」
まち子は、さも意味ありげな含み笑いを浮かべる。
「面白い話なら山ほど知っているから、怖がりようがないのよね」
「面白い話って?」

 

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