楓はよく眠っていて当分、目を覚ましそうになかった。麻木が安心し、布団 を掛け直してやろうと肩口に手を伸ばすと、その気配で気付いたようだった。 突然、目を開けた楓はしばらくの間、どこを見ていいのか、わからない様子で 視線を漂わせていたが、その内、ボンヤリと起き上がり、すーっと父親の方へ 顔を向けた。髪の裾が所々からまって、いかにも寝呆けている様子だ。こんな 子供っぽい男がポスターの中ではクールなハンサムでいるのだ。やはり、九鬼 は有能なのだろう。それがおかしくて麻木は口の端で微かに苦笑いした。 「どうして、笑うの?」 さすがに楓は父親の仏頂面を見慣れていて、これだけ寝呆けていても、ほんの 僅かな違いを見抜くことが出来るらしい。誰一人、気付かないような僅差も、 楓は決して、見過ごさない。この程度の表情でもあれば、楓にとっては無表情 ではないのだ。 説明しなくても、こいつなら見て取ってくれる。 煩わしい思いをしなくてもいいんだ。 そう思い、安堵すると同時に麻木はやましさに小さく息を吐く。結局、自分は 父親であるにも拘らず、楓のこの卓越した能力に甘えていたのかも知れない。 言わなくとも楓ならわかるからと何一つ、楓に向かって話さなかった。結局、 それが失敗だったのだ。自分から何も話さない以上、楓にだけ一方的に求める こともしなかったし、そうすべきではないと思っていた。その結果、一人息子 の窮状に全く気付かないほど、親子の間には会話が欠けていたのだ。 足りないなんて、そんなレベルじゃないか。 「ねぇ、何が面白いの?」 楓は気が抜けたようなのんきな口調で重ねて聞いて来る。隠しきれないほどの 疲れが溜まっているのだ。今は蒸し返すべき時ではない。いかれた殺人鬼の話 で疲れ果てた息子の神経をもうこれ以上、痛めつける気にはなれなかった。 「おまえが寝呆けているからだ。こんな子供みたいな男にキャアキャアと喚く 女の気が知れんよ」 「うん」 楓は重そうな瞼と共に頷く。 「僕にもわかんない。気が知れないよね」 他人事のように呟き、楓は自分の縺れた髪を指先でほぐし始める。染めたり、 ドライヤーで無理に乾かしたり、強い照明を浴びせたりで髪は毛先へ行くほど 傷んで乾いていた。いつものんびりと構えて、変化を見せようとしない楓の唯 一、誰の目にも隠せない消耗。その痛めつけられた髪の脆さが麻木には不憫で ならなかった。 「ねぇ」 楓は不思議そうな顔で父親を見上げている。 「何だ?」 「ここ、どこ?」 「どこって、おまえのマンションの医務室だ。貧血を起こしただろ?」 そう聞いて楓は考えるような表情を見せた後、頷いた。 「そうだったかも」 「大丈夫なのか?」 「うーん、ちょっと頭、痛いけど」 自分の頭、左側をさすって楓は顔をしかめた。 「コブでも出来たか?」 「うん。変形してる。でも、それよりこっちの方が変な感じ」 楓は自分の胸元を押さえた。 「何で? 苦しいのか?」 「ううん。内容は覚えていないんだけど、夢を見ていたんだ。何か重く感じた な。そうだ。ちょうど猫か何かが乗っかっているみたいな重さだったよ。まだ ね、感触が残っているような気がするんだ」 猫? |