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例え、小さくとも、どんなにささやかでも。何か、新しいきっかけはないもの
か。もし、犯人が楓の身近にいるとすれば、父親である自分は他の誰よりも、
はるかに有利な立場にあるはずだ。楓の交際範囲の何割かは実際に見て知って
いるのだ。
だが。こいつは嫌われるような子供じゃなかった。 
穏やかだから、邪魔に思われることはない。余計なことは言わないから当然、
嫌われることもない。大体、人に嫌われるような我の強さや陰気さを持たない
のんきな子供だった。その結果、家にはいつも友人達が入れ替わり立ち替わり
訪れて、仲良く宿題をしたり、話をしたりと楽しげだったし、皆、どこにでも
いる普通の子供ばかりだったように思う。今になって、こうして思い出そうと
してみても、ろくに名前も思い出せないほど平凡な顔ぶれだった。その上、今
も楓と付き合いのある者はほとんどいなかった。ただ、一人を除いては。
九鬼 渡。
あいつか。

 小学生の頃には既にあくの強い一匹狼という印象があったように思う。九鬼
だけはいつも一人でやって来て、大して楽しそうにも見えないのに、誰よりも
長く居座った。後年、担任だった男に聞いた話だが、九鬼は父親の再婚相手と
そりが合わなかったそうだ。それで麻木の家で時間潰しせざるを得なかったの
だろう。そして、そんな気苦労のためか、十六歳で一人暮らしを始めた九鬼に
は当時ですら子供らしい可愛げは見受けられなかった。その見るからに一人で
居たがっているように見える九鬼と、どこまでものんきな楓との接点が未だに
麻木にはわからない。拗ねて、遠巻きに他人の群れを眺めているような男と、
いつも誰からに取り巻かれている楓とが一体、なぜ合うのか。今、振り返って
も、楓とその友人の中で九鬼だけが異質で、不可解な存在だった。第一、九鬼
だけは他の友人のように楓の長所を認め、そこを好んで付き合っているように
は見えなかった。
だって。
あいつが撮る写真の中に楓のいいところなんて、一欠片も、見当たらないじゃ
ないか。
友人だったら、好意を持っていたなら。
もう少しくらい暖かみのある写真に仕上げるもんなんじゃないのか? 
それにも関わらず、九鬼の撮る写真の中では楓はハンサムというだけの石ころ
に仕立て上げられている。そう麻木には感じられてならないのだ。そう考える
と、九鬼は楓の素顔には何の魅力も愛着も感じていないのではないか?
なのに、なぜ二人は合うんだ?

 麻木は九鬼のしらけた目を思い出す。百七十センチ程度とやや小柄だが、日
に焼けた顔には精悍さがある。いつだったか、九鬼はジムに通っていると楓が
言っていた。確かに、十分にトレーニングを重ねて作った身体だと服越しにも
見て取れた。黒い服を着、あんな目姿をしている上に、少し左へ曲がった鼻の
与える感じが悪く、決して良い印象を受ける男ではなかった。もし、犯人が楓
の周囲にいるのだとしたら。彼は疑わしいのではないか? 彼は四人を知って
いた。わざわざ楓から報告されなくとも、四人の素行が目に入る位置に九鬼は
常にいたのだ。
あの四人は四人共、楓の仕事に関わっていたんだ。当然、何もかも知っている
はずだ。
例え、楓がこぼさなくとも、何もかも九鬼の耳には入っていたのではないか?
もしかしたら、九鬼は彼らと一緒に仕事をしたことだってあるかも知れない。
もし、九鬼が楓の名を使えば、四人は呼ばれるまま、どこへでも出向いたので
はないか?

 

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