「待て、聞いてくれ。オレはおまえが嘘を吐いているなんて、思ってもいない んだ」 楓は父親である麻木が怯むほど、きつい目で麻木を見やる。刹那、あの四人、 狂信的な信奉者達がしかし、誰一人として、楓の身体には触れることすら出来 なかったらしい事実を思い出す。当然かも知れない。そう思う。楓に睨まれた 小柄な男には身動きすら出来なかったのではないか? 自分は歳のわりに長身 で良かった。そう、麻木は本気で考えた。それほどまでに楓の目は威圧的で、 見慣れない凄味を持っていた。 「嘘を吐いているとは思っていない? ふっ、意味が違うんでしょ? 故意に 嘘を吐いているんじゃない。ただ、妄想を見ている、だから、結果的には嘘を 吐いている。そう思っているんでしょ?」 「そうじゃない」 「嘘は吐かないで」 息子の激しい口調に麻木は黙った。確かに、嘘を吐いているのは麻木の方だ。 だが、楓の神経は今、傷んでいる。ここは押し通すしかなかった。 「おまえは疲れているんだ。今日は休んだ方がいい」 「単に相手するのが面倒になったんでしょ? まともじゃないから、煩わしく なった、だから早く切り上げたいでしょ?」 「違う、そうじゃない」 冷えた視線で楓は麻木を見据えている。彼の興奮は先程のため息をきっかけに 少しずつ収まり始め、今は気こそ立っているものの、聞く耳を持たないほどで はなくなっているようだ。 「おまえはまともだよ。だから、オレを信じてくれ」 「だったら。まず、お父さんが僕を信じるはずでしょ? だって、お父さんが 言ったんじゃないか、こんなことはお父さんにだけ、話せって」 麻木は瞬いた。 ただ、唖然とする思いで楓を見つめる。 「自分にだけ話せって言うからには当然、お父さんだけはいつでも、何でも、 絶対に信じてくれるものだって、ずっと思っていたよ。信じていたんだ。それ なのに、最初から全く、何一つ、信じようともしてくれないなんて、あんまり だ」 楓にそう言って聞かせた覚えはある。確かに、この口で言ったのだ。釣り船の 転覆事故に遭わずに済んだ、あの夜に。幼い楓は古びた人形の絵を描いていた 。 「楓」 「心配しなくてもいいよ。僕の頭がおかしいなんて、誰にもばれちゃいない。 誰にもこんな話はしていない。お父さんと約束したから言っていない。ふっ」 楓はやりきれなくなったように吐き出した。 「この頃、毎晩、同じ夢を見るんだよ。交通事故の夢。トラックが突っ込んで 来て、車が弾き飛ばされて、崖下に放り出される夢。衝突されるショックも、 転落して行く感覚もあるのに、運転手の顔もはっきりと見えるのに、何もかも 妄想なんだ? 僕の思い込みなんだ?」 「疲れているだけだ。疲れているから、妙な夢を見るんだ」 「何でもいいよ。だけど、どうせ、嘘を吐くなら、せめて、信じているふりを して欲しかった」 「おまえを信じていないんじゃない。ちゃんと信じている」 「何もかも、妄想なの? 見るもの全て、何もかも? トラックの運転手も、 まち子さんの店の階段の所にいる人も、田岡さんの後ろにいる人も全部、幻に 過ぎないの?」 どう答えていいものなのか、さっぱりわからなかった。心理学は麻木には得意 な科目ではなかった。それに。 |