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 全てはこれからだ。そう自分に言い聞かせ、麻木は改めて、気が立ち、興奮
が見受けられる楓の目を見つめてみる。しょげているよりはいっそ、話す甲斐
が、脈があるように見える。怒りは正直な感情なのだ。きっと手応えがあると
信じ、麻木は口を開く。
「確かに、オレはずっと何も言わなかった。ていたらくだった。そう認める。
言い逃れはしない。だが、おまえだって、オレにはっきりものを言ったことは
なかった。そうだろ? な、楓。この際だ。お互い、腹を割って話をしよう。
オレはおまえが何も言ってくれなかったことが淋しいだけなんだ。どうして、
あんな連中につきまとわれている、困っていると言ってくれなかった? どう
して、一言もオレに相談してくれなかったんだ?」
楓は強く光る目で麻木を見据え、今日ははぐらかす気などないようだった。
「大したことじゃない、からだよ」
 それは麻木には見覚えのない冷淡さだった。突き放した口調には見慣れた楓
らしさなど、微塵もない。その顔の輪郭が初めて強情そうに見えた。両の目の
下にあるわずかな膨らみごときでは隠しきれないほど楓は怒っているのだ。
「大したことじゃないって?」
「言葉通りだよ」
楓は投げ出すように吐き捨てた。
「つきまとわれて迷惑はしていたよ。だけど、別に疲れ果てるほどのことじゃ
なかった。あんな連中なんて他の大多数より度が過ぎているってだけで、特別
ってわざわざ言うほどのものでもなかった。だって、お父さんはああいう頭の
おかしい人達の中の、特別ってレベルを知らないでしょ? こんな仕事をして
いれば、最初から覚悟はしている。ちょっと名前が売れれば誰だって、自宅に
不特定多数から電話がかかるし、ありがた迷惑なプレゼントが山のように届く
ものだからね。写真なんて、どこでも好き勝手に撮られるのが当たり前だし、
あーして、こーしてって、全く意味のわからないことを、それも初対面の人間
に頼まれるなんて、日常茶飯事だよ。平たく言えば、あの四人が死んだって、
氷山の頭の部分が欠けたに過ぎないもの。そんな程度のことをいちいち、父親
に報告する必要があるの?」
麻木は黙っていた。
「何で黙っているの? ふーん? 僕の気がおかしいから相手にしないでやり
過ごす気なんだ?」
「そうじゃない」
麻木は首を振った。本心から。
「オレはおまえに何もしてやれていない。今になって、初めて、知った。今、
ここで初めて、知ったんだ。おまえの日常にそんな苦しみがあるなんて考えも
しなかった。すまん。思い至らなかった。過去にさかのぼることは出来ない、
だが、これから先、先なら、おまえに何か一つくらいはしてやれる。そうして
やりたいし、その時間が、それなりの力がオレにもまだ残っているはずだ」
「何もしてくれなくて、結構だよ」
楓ははっきりとそう言った。
「楓?」
「これから先なんていらない。僕は今、お父さんに信じて欲しかったんだ」
楓は自分を鎮めるように一つ、息を吐いた。そうしなければならないほど彼は
興奮し、憤っているのだ。

 

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